
個人が孤立してプロンプトを叩いているだけなら、それはDXではない。「教え合う場」が組織を変える。
Contents
「進んでいる」の基準は、何と比べているのか
「うちの自治体は、生成AIの活用が進んでいますよ」
研修や勉強会の場で、そんな言葉を耳にすることがあります。
おそらく嘘ではないと思います。
でも、私はいつも心の中で、静かにこう問い返しています。
それは、何と比べて「進んでいる」のでしょうか。
隣の部署が全く使っていないから。
他の自治体がまだ研修すら始めていないから。
相対的に見れば「進んでいる」側に映る。それだけのことかもしれません。
私がもっと心配しているのは、その「進んでいる」の中身です。
もし実態が「各担当者が、自分のデスクで、与えられたプロンプトを使って、一人で文章を作っている」だけなら――それは個人の作業効率が少し上がっただけです。組織が変わったとは、まだ言えません。
480時間の現場で、私が目撃してきたこと
私はこれまで、石川県内の職業訓練DX講座を4期・計480時間、担当してきました。
形式は毎回、少人数の小規模ワークショップです。
最初からそうしようと設計したわけではありませんでした。
でも、受講生の皆さんが集まって手を動かしていると、いつも決まって同じことが起きる。
「あ、こうやったらもっと精度が上がりましたよ」と誰かが言う。
すると隣の受講生が「それ、どうやるんですか?」と前のめりになる。
NotebookLMの使い方、プロンプトの工夫、ノーコードでのアプリ作成――私が教える前に、受講生同士が教え合い、助け合い、共有し始める。
これが、座学の研修では絶対に起きないことです。
ラーニングピラミッドが証明する「教え合い」の絶対的優位性
ここで一つ、教育学の話をさせてください。「ラーニングピラミッド」という概念があります。
学習方法によって、知識の定着率がどう変わるかを示した理論です。
| 学習方法 | 定着率 |
|---|---|
| 講義を聞く(座学) | 約5% |
| 読む | 約10% |
| 視聴覚(動画など) | 約20% |
| 実演を見る | 約30% |
| グループ討議 | 約50% |
| 自分で体験・実践する | 約75% |
| 人に教える | 約90% |
※数値はエドガー・デールの「経験の円錐」を起源とする研究に基づく通説です。
この数字を見て、どう感じますか。
「AI研修をやりました。講師に1時間話してもらいました」
それで定着するのは、学んだことの約5%です。
残り95%は、翌週にはほとんど消えている。
これは意地悪な話でも何でもなく、人間の学習構造がそうなっているというだけの話です。
逆に、定着率が最も高くなるのは「人に教えること」。
自分が理解したことを、言葉にして、別の誰かに伝える。
その行為が、知識を本当の意味で自分のものにする。
私のワークショップで受講生同士の「教え合い」が自然発生するのは、偶然でも奇跡でもありません。
小規模で、手を動かして、隣に仲間がいる。
その設計が「人に教える」という最高の学習行動を引き出しているのです。
孤立した作業が、なぜ組織を変えられないのか
AI導入を「各個人に使わせること」で終わらせている組織には、共通の構造的問題があります。
誰かが優れたプロンプトを発見しても、それはその人の中で完結する。
隣の同僚は知らない。来月入ってくる新人は知らない。
部署を超えては絶対に伝わらない。
知が、組織の中で流通しない。循環しない。
個人の効率は少し上がる。でも組織としての「AIを使う文化」は、いつまで経っても根付かない。
これが「進んでいるように見えるけれど、実は全員が孤立して作業しているだけ」という状態の正体です。
金沢市のDXアクションプランでも「情報・意見・発想・技術等を共有できる場の構築」が明確に掲げられています。
この言葉の重みを、もう一度噛み締めてほしいのです。
「ツールを入れること」ではなく「共有できる場をつくること」が、行政自身の言葉でDXの核心として定義されている。
あなたの組織に、「教え合う場」はありますか
ここで、あなた自身の組織に問いかけてみてください。
「社内で、AIについて教え合い、発見を共有し合う場が、定期的にありますか?」
月に一度でも、部署を超えて「これ面白かったです」「こんなプロンプトが使えました」と共有できる時間があるか。
ツールの話ではなく、知が流通する場の話です。
もしその問いに即答できないなら、今あなたの組織に必要なのは、新しいAIツールの導入ではなく、
人が集まり、教え合い、知を循環させる「場」の設計です。
私がワークショップにこだわる理由は、ここにあります。
研修を終わらせて帰るのではなく、その組織の中に「教え合う文化」の種を残す。
480時間かけて現場で学んできたのは、そのことです。
ツールを教える先生ではなく、組織が自走できるようになるまで共に汗をかく。
それが私の仕事です。
