
規制より教育を。情報の荒野で自分の言葉を輝かせることが、この時代を生き抜く唯一の誠実さ。
皆さん、こんばんは。
日曜日は衆議院議員選挙の投開票日ですね。
テレビをつければ選挙報道、ネットを開いても政治の話題。
そんな中で最近よく耳にするのが、「SNSの情報を鵜呑みにしないようにしましょう」というキャンペーンです。
確かに、フェイクニュースや誤情報が拡散されることは問題です。
でも、この「注意喚起」だけで本当に解決するんでしょうか?
Contents
規制は無理だと思う理由
近い将来、プラットフォームに規制をかけるべきだという議論も盛んです。
ただ、正直に言います。私は無理だろうと思っています。
なぜか。
情報の流れは、もう誰にも止められないからです。
規制をかけたところで、新しいプラットフォームが生まれ、人々はそこへ移動する。イタチごっこです。
水が高いところから低いところへ流れるように、情報は必ず流れる場所を見つけます。
堤防を作っても、水は別の道を探すんです。
守るより、疑う力を育てる
それよりも、こう教育していく方がいいんじゃないかと思うんです。
「匿名の意見を、なぜあなたは信じるの?」
「そもそも、SNSの中にはほとんど真実はないよ」
これ、極論に聞こえるかもしれません。
でも、情報を「守る」のではなく、「疑う力」を育てる。
これが本質的な解決策だと、私は信じています。
SNSは誰でも発信できる場所だからこそ、玉石混交です。
石ころの中に、たまにダイヤモンドが混ざっている。そんな場所なんです。
それでも私が毎日投稿する理由
ここまで書いて、こう思われるかもしれません。
「そんなこと言っているお前が、SNS毎日投稿してるじゃないか」
はい、その通りです。矛盾してますよね(笑)。
でも、だからこそ言えることがあります。
砂漠の中のダイヤモンド
SNSって、広大な砂漠みたいなものだと思うんです。
毎日、無数の情報が投稿される。その99%は、時間が経てば風に流されて消えていく。
まるで砂漠の砂のように。
では、私が毎日投稿しているのは何のためか。
それは、誰かが広大な砂漠の中から、私の問いかけを拾い上げてくれたら、それでいいと思っているからです。
たった一人でもいい。
私の言葉が誰かの心に届いて、「あ、こういう考え方もあるんだ」と思ってもらえたら。
それが私にとってのダイヤモンドなんです。
762日間(今日で763日目)、ブログ、Note、LinkedInで毎日投稿を続けてきました。
すべてが読まれるわけじゃない。
でも、たまに誰かが拾い上げてくれる。
その瞬間のために、私は砂漠にダイヤの原石を投下し続けているんです。
ここからが、私が本当に言いたいこと
でもね、今の時代、自分の思いや実体験を世に出すためのツールは、もうすべて揃っています。
スマホ一台あれば、誰でも発信できる。
ブログもNote もSNSも、すべて無料で使えます。
地方にいても、個人事業主でも、誰でも自分の言葉を世界に届けられる時代です。
だから、私はこう思うんです。
「ダイヤの原石を砂漠に投下する人が、もっと増えたらいいな」
自分の言葉で語ることの価値
匿名の意見や、誰が書いたかわからない情報。
それらを消費するだけじゃなくて、自分の実体験や気づき、想いを発信する人が増えてほしい。
それは、立派な文章である必要はありません。
下手くそでもいい。拙い言葉でもいい。
でも、それはあなた自身の言葉です。あなたの体験から生まれた、世界に一つだけの原石です。
規制やルールで守られた情報より、生々しい個人の体験談の方が、ずっと価値があると私は思っています。
エピローグ:砂漠の向こう側へ
情報の砂漠は、これからも広がり続けるでしょう。
フェイクニュースも、誤情報も、きっとなくなりません。
でも、だからこそ。
私たち一人ひとりが、自分の言葉で、自分の体験を、誠実に発信し続けること。
それが、この混沌とした情報の時代を生き抜く、唯一の答えなんじゃないかと思うんです。
あなたも、砂漠にダイヤの原石を投下してみませんか?
誰かが、きっと拾い上げてくれますから。
