
困りごとは10個ある。生成AIで解けるのは、たいてい2つだ。その2つを先に見つけた会社から、動き出している。
「生成AIって、結局うちの何に使えるんですか」
研修の最後に、必ずこの質問が出ます。
石川県内の企業でも、介護・福祉の法人でも、判で押したように同じです。
そして正直に言うと、この質問に、その場でうまく答えられなかった時期がありました。
事例を並べても「うちとは規模が違う」で終わってしまう。
ツールの機能を説明しても「で、誰がやるんですか」で止まってしまう。
最近になって、この質問に正面から答えられる手順を1つ持つようになりました。
きっかけは、海外のひとり事業者向けの発信で見かけた考え方です。
「フラストレーションリスト」という、身も蓋もない手順
やり方は拍子抜けするほど単純です。
ある業界で「もうこんなことはやりたくない」と思われていることを、10個書き出す。
それを解決する手段を持っている人が、その業界で仕事になる。
新しい商売を始めるときの発想法として語られていたものですが、これは社内のDXの入口としても、そのまま使えます。順番が逆になっているからです。
多くの現場では「生成AIを入れる」が先に決まっていて、そのあとで使い道を探しています。
だから「何に使うか」で止まる。フラストレーションリストは、困りごとを先に10行並べてから、その中で道具が効く行だけを選びます。
私はこれを、いま最も足を運んでいる介護福祉の現場でやってみました。
なぜ介護現場の書類作業は、外から見えにくいのか
介護・福祉の法人からセミナーの依頼をいただくことが、この1年で明らかに増えました。
白山市、能登。実際に現場に入って驚いたのは、皆さんが疲れている原因が、必ずしもケアそのものではなかったことです。
紙です。
ご家族に配るおたより、広報紙、フロアの掲示物、研修の資料と記録。
ケアが終わったあとの時間に、これを誰かが作っています。
ある施設では「日中は現場に入っているので、書きものは夜になる」と、当たり前のように話されていました。
そしてこれは、外からはほとんど見えていません。
介護の大変さとして世間で語られるのは、身体的な負担と人手不足です。
書類の話が出てくることは、まずありません。
当事者にとってあまりに日常なので、わざわざ声にならないのだと思います。
声にならない不満は、リストにも載りません。だから外から拾いに行く必要があります。
外から拾える、介護現場のフラストレーション5つ
自分が見聞きしたものだけでリストを作ると、ただの感想文になります。
公開されている調査や業界メディアから、私の観測以外のものを5つ拾いました。
1. 人手が足りない
介護労働安定センターの令和6年度介護労働実態調査では、介護職員について69.1%の事業所が不足感を示しています。離職率は12.8%、採用率は14.4%。離職率そのものは下がっているのに、不足感は消えていません。辞める人が減っても、入ってくる人がそれ以上に少ないからです。
2. 法定研修が、年に何本も来る
感染症対策と身体拘束の適正化は年2回以上、虐待防止や業務継続計画(BCP)は年1回以上が目安とされています。しかも令和6年度の報酬改定でBCPの未策定が減算の対象となり、その適用は令和7年4月から全サービスに広がりました。やらなければ収入が減る研修が、毎年、決まった数だけ降ってきます。
3. 加算まわりの事務が複雑
処遇改善に関する加算が複数に分かれていることについて、事務負担が大きいという声は厚生労働省の審議会資料でも取り上げられ、手続きや添付書類の簡素化が進められてきました。裏を返せば、国が簡素化に動くほどの負担が、現場の誰かの机の上にあったということです。
4. 事業所間の連絡が、いまだにFAXと電話
介護のICTを扱う業界メディアでは、事業所間のやりとりが今もFAX中心であること、電話はサービス中に取れず記録も残らないため「言った・言わない」になりやすいことが、繰り返し指摘されています。
5. ICTを入れたのに、紙とシステムの二重入力が残る
介護ソフトの導入効果として「紙やExcelでの二重入力が不要になる」と紹介されます。これは裏返すと、入れたのに二重入力が残っている現場が実在するということです。システムを入れた話と、紙が消えた話は、別の話です。
私自身の観測(おたよりや広報紙などの紙の制作)を足して、リストは6行になりました。残りの4行は、その法人にしか書けません。
この10行のうち、生成AIで解けるのはどれか
ここからが本題です。並べた行を、生成AIで解けるものと解けないものに仕分けます。
私が使っている基準は3つだけです。
基準1:相手がいるか。
相手の都合で決まっている行は、こちらの道具では動きません。4番のFAXがこれです。自分たちがどれだけ整えても、送ってくる相手が変わらなければ何も変わらない。ここに生成AIを持ち込むのは筋が悪い。
基準2:手元に原本があるか。
すでに文書がある行は強い。自法人のマニュアル、過去の研修資料、行政が出している手引き。原本があるものは、ゼロから書かせるのではなく、原本を組み直す仕事になります。2番の法定研修が、まさにこれです。
基準3:また来るか。
一度きりの作業に型は作りません。毎月・毎年また来るものだけを型にします。おたよりと広報紙は毎月来ます。法定研修は毎年来ます。
この3つを当てると、10行のうち残るのは2行でした。少ないと思われるかもしれません。ですが、10のうち2に絞れたということは、残りの8に手を出さなくてよくなったということです。効率化の話は、たいていここで散らかります。
解けた2つを、どう回すか
(1)法定研修の資料と、実施の記録
自法人のマニュアル、昨年の研修資料、行政の手引き。これらを原本として読み込ませ、今年度版の骨子と、受講記録の型を組み直します。ポイントは、生成AIに正解を書かせないことです。書かせるのは、自分たちの文書の並べ替えまで。中身の責任は法人にあります。
(2)おたよりと広報紙の初稿
現場が書き留めたメモと写真の説明から、初稿だけを作ります。Google ドキュメントの上で回せば、施設長の赤入れもそのまま履歴に残る。当然ですが、利用者さんの氏名や状態などの個人情報は入力しません。人が入れる欄と、AIに任せる欄を、最初にはっきり分けておく。この線引きさえ決めれば、毎月同じ型で回ります。
エージェント的な仕組みまで進めるなら、「毎月同じ日に、同じ型で、下書きだけ出しておく」ところまでです。判断と最終稿は人が持つ。ここを渡してしまうと、現場の言葉が消えます。
解けなかったものこそ、経営の仕事
正直に書きます。1番の人手不足は、生成AIでは解決しません。4番のFAXも、5番の二重入力も同じです。
5番にいたっては、道具の問題ですらなく、運用と契約の設計の話です。
ここを「AIで何とかなります」と言ってしまう人がいますが、私は言いません。
むしろ、リストを作る一番の価値は、AIで解けない行がはっきりすることのほうにあると思っています。
解けない行は、人と順番と、経営者の決断で片づけるしかない。
それが分かるだけで、投資先の判断が変わります。
石川県の中小企業でも、介護・福祉の法人でも、構造は同じです。
「何に使えるか」を探している間は動きません。
「どれが解けるか」を選び始めたところから動きます。
あなたの職場の10個目には、何が入りますか
やることは1つだけです。自社版のフラストレーションリストを、10行書いてみてください。
1時間で足ります。埋まらないなら、それは経営者が現場を知らないという結果が出ただけなので、聞きに行けばいい。そこがもう、最初の一歩です。
書き終えたら、さっきの3つの基準(相手がいるか/原本があるか/また来るか)で印を付ける。
印が付いた2つが、あなたの会社の生成AI導入の入口です。研修の日程を決めるのは、そのあとで構いません。
道具の使い方を覚えることが目的ではありません。
AIに使われるのではなく、使い倒す。
そのために、まず自分たちの困りごとを自分たちの言葉で10行書く。
ここは外注できない仕事です。
- 研修のページ: https://solobizjourney.com/dx-kenshu/
- 顧問(研修のあと、続かない状態を減らす継続伴走): https://solobizjourney.com/dx-komon/

