
丸一日かけて、受講者にポートフォリオを作ってもらいました
ある講座で、丸一日を使って、受講者にポートフォリオを作ってもらいました。
ポートフォリオというのは、作品や成果物をまとめた実績集のことです。
ウェブデザイナーやカメラマンが「これが私の仕事です」と見せる、あれのDX版だと思ってください。
出来上がったものを、一つずつ見ていきました。
正直に言って、どれも素晴らしかったです。
同じ時間を過ごしたはずなのに、並んだものが全部違う。
ただ、そのとき最初に浮かんだのは「よく出来ている」ではありませんでした。
なぜこれが、今まで行われてこなかったのだろう。 その疑問のほうが先に来ました。
新しく作ったのではなく、すでにあったものを束ねただけ
中身は、大げさなものではありません。
これまでの講義で触ったツールの画面、生成AIで作った画像、自分で書いたプロンプト(AIへの発注書のようなもの)。どれも、講座の中ですでに手を動かして作ったものです。
つまりこの日にやったのは、新しく何かを生み出すことではなく、
バラバラに散らばっていたものを一つにまとめることでした。
素材は最初から全員の手元にあった。束ねる時間を取っていなかっただけです。
なぜDX分野ではポートフォリオが作られてこなかったのか
正直に書きます。出来上がりを見たとき、一瞬「自分が思いついたからだ」と思いました。
でも、違いました。思いつく人はいたはずです。
ウェブやデザインの世界で何十年も前からやられている形式を、この業界の誰も知らなかった、なんてことはありません。
本当の理由は、これまでのPC研修が、全員で同じ完成物にたどり着く設計だったからです。
同じ手順書を配り、同じ操作を同じ順番でなぞり、最後に全員が同じExcelファイルにたどり着く。
学習の型としては正しいやり方です。
手順の決まっている仕事を覚えるには、いちばん確実でもあります。
ただ、そこで残るのは「操作した記憶」であって、「作品」ではありません。
並べたところで、全員同じものが横に並ぶだけです。
ポートフォリオという形式そのものが、成立しなかった。
発想がなかったのではなく、条件がなかったのです。
もう一点だけ添えると、事務やDXの分野で「できます」を証明する手段は、長いあいだ検定と資格に固定されていました。
証拠の形が最初から決まっていたので、それ以外の選択肢を探す理由が、そもそもなかったとも言えます。
変わったのは発想ではなく、成果物のほうでした
条件が動いたのは、ここ1〜2年の話です。
生成AIとノーコード(プログラムを書かずにアプリを作れる仕組み)が、研修の中に入ってきました。
この2つには、それまでのツールと決定的に違う性質があります。
入れるものが違えば、出てくるものが違う。
同じお題を出しても、書いたプロンプトが違えば、返ってくる文章も画像も変わります。
「勤怠を管理するアプリを作ってみましょう」と言っても、出来上がる画面は人によって違う。
自分のどの作業を思い浮かべたかで、必要な項目が変わるからです。
結果として、研修の副産物が「全員同じ」から「一人ひとり違う」に変わりました。
ここが分かれ目です。
全員が違うものを持ち帰るようになった瞬間、それは並べる価値のあるものになります。
ポートフォリオが成立する条件は、ここ1〜2年で初めて揃った。
私が新しい発想をしたのではなく、材料のほうが先に変わっていた、というだけの話です。
そして、条件が揃ったこと自体が、まだあまり知られていません。
もったいないのは、そこだと思っています。
資格とポートフォリオは何が違うのか
ひとことで言えば、証明している中身が違います。
- 資格:みんなと同じことが、同じ基準でできるという証明
- ポートフォリオ:何を考えて、どう作ったのかという証明
どちらが上という話ではありません。採用の場面で、資格は今も強い武器です。
ただ、生成AIが広まったことで、それだけでは足りない場面が出てきました。
「AIを使えます」という一文は、いま誰でも書けます。書くだけなら、一度触ったことがある人も、毎日使い倒している人も、同じ文字数で書けてしまう。
言葉で差がつかなくなると、証拠のある人とない人に分かれていきます。
海外の採用まわりでも、履歴書は選考システムを通過するための書類で、面接の呼び出しを勝ち取るのはポートフォリオのほうだ、という論調をこの1年でよく見かけます。
日本の事務職にそのまま当てはまるとまでは思いませんが、向かう方向は、そう遠くない気がしています。
私はいつも「最終学歴より、最新学歴」と言っています。半年前に何を学び、何を作ったのか。
それを見せられる形にしておくことが、学歴欄より効いてくる場面は、これから確実に増えます。
企業研修も、最終回に「1枚にまとめる」時間を取ってみてください
これは職業訓練だけの話ではありません。企業研修でも、そのまま使えます。
最終回に「この研修で作ったものを1枚にまとめる」時間を、30分でも取る。
それだけで、二つのことが同時に起きます。
一つは、受講者本人の振り返りになること。
自分が何を作ったのかを横に並べて、初めて点が線になります。
もう一つは、発注した会社への効果報告が、そのまま出来上がることです。
研修を入れた側がいちばん困るのは、終わったあとに「で、何が身についたの」と聞かれて、満足度アンケートの数字しか出せないことです。
一人ひとりの成果物が並んでいれば、それがそのまま答えになります。
石川の中小企業では、研修に人を出すこと自体が負担です。
一人抜ければ現場が回らない中で、無理やり時間を作って送り出している。
だからこそ「研修をやりました」で終わらせない仕掛けが要ります。
あなたの会社の研修は、終わったあとに何が残っていますか
条件は、もう揃っています。
生成AIとノーコードが入った研修なら、放っておいても一人ひとり違うものが残る。
あとは、それを束ねる時間を取るかどうかだけです。
あなたの会社の研修は、終わったあとに何が残っていますか。
配ったテキストと、出席簿と、満足度のアンケート。それだけになっていないでしょうか。

