
そのツールを導入している会社を、転職先として探しますか?
ノーコードを学ぼうとしている方から、よくこう聞かれます。
「AppSheetとkintone、どっちを覚えたほうが就職に有利ですか?」
その質問に、私はいつもこう聞き返しています。
「そのツールを導入している会社を、これから転職先として探すんですか?」
たいてい、ここで一瞬止まります。そりゃそうです。
仕事を探すときに「うちはAppSheetを使っています」と書いてある求人を軸に選ぶ人は、まずいません。
会社は業種で選び、勤務地で選び、条件で選ぶ。使っているツールなんて、入ってみるまで分からない。
つまり「1つを深く覚えれば有利」という前提は、行き先が決まっている人にしか成り立たないのです。
「まずツールありき」は、間違っていない
念のため申し上げますが、私は「ツールありきの講座」を否定していません。
むしろ、正しい場面がはっきりあります。
すでにそのツールを導入済みの会社の、社員向け研修です。
明日から使う道具が決まっているなら、迷わず1つを深くやったほうがいい。
細かい機能まで触って、自社の業務に寄せていく。
これは完全に正解です。私自身、企業研修ではその形で入ることがあります。
ズレが出るのは、これから働く場所が決まっていない人に、同じ設計をそのまま当てたときだけ。
悪い講座があるという話ではなく、対象者が違うだけの話です。
ところが世の中の講座は、多くが前者の形で組まれているように見えます。
後者に必要な設計は、意外と誰も作っていない。
AppSheetとkintone、どちらを学ぶべきか
私が講師を務めているDXを学ぶ講座では、AppSheetとkintoneの両方を扱っています。
- AppSheet:米国由来のノーコードツール(プログラムを書かずにアプリを作れる仕組み)
- kintone:日本発祥のノーコードツール(同じくプログラムを書かずに業務アプリを作れる仕組み)
どちらも、基本的なアプリを自分の手で作れるところまで。
同じ時間を1つに集中させず、あえて2つに割っています。
これを話すと、たいてい「浅くなりませんか」と心配されます。なります。
1つに絞った場合と比べれば、間違いなく浅い。
それでも私が割っているのは、深さより先に手に入れてほしいものがあるからです。
受講生が言った「両方に一長一短がありますね」
この設計でよかったと確信したのは、私が説明したからではありません。
受講生の一人が、両方を触り終えたあとで、私にこう言ってくれたからです。
「両方に一長一短がありますね」
これを聞いたとき、正直、してやったりと思いました。
私が講義で「両者には一長一短があります」と言うのと、受講生が自分の手で触って「一長一短がありますね」と言うのとでは、まったく別のことが起きています。
前者はただの知識の受け渡しです。テストには出るけれど、現場では使えない。
後者は、比較する目がその人の中に立ち上がったということ。
どちらが優れているかという話ではなく、「入口の設計思想が違うんだ」と本人が気づいた瞬間です。
こうなった人は、3つ目のツールを渡されても、たぶん自分で扱えます。
なぜ1つを深く学ぶより2つ触るほうがいいのか
理由はシンプルです。
1つだけだと、学べるのは「そのツールの仕様」だからです。
画面のどこを押すか、設定はどの順番か。それは覚えられます。
でもそれは、そのツールの中でしか通用しません。
2つ触ると、そこに差分が生まれます。
「こっちは表から作る」
「こっちはアプリの箱から作る」
「同じことをやるのに、入口がこんなに違う」
この差分を見た瞬間に、頭の中で一段上がるんです。
「ノーコードツールというのは、要するにこういう構造でできているのか」と。
比較は、抽象化の装置です。1つでは仕様しか残らないものが、2つ並べると構造として残る。
そして構造で理解した人は、初めて見るツールの画面を開いても、「これはたぶんこの辺にあるな」と当たりをつけられます。
なぜ今、この設計が成立するのか
正直に申し上げると、この設計は以前なら無理でした。
習ったツールしか使えないのなら、1つを深くやるのが合理的です。
分からないことが出たときに、聞ける相手も、調べる手段も限られていた。
中途半端に2つ触れば、両方使えないまま終わるだけでした。
いまは違います。
初見のツールでも、生成AIに聞きながら進められる。
画面を開いて、分からないところをそのまま尋ねれば、手順が返ってくる。
マニュアルを最初から読む必要も、詳しい人が社内にいる必要もない。
だから「型を2つ知っている」ことの価値が跳ね上がりました。
構造さえ分かっていれば、あとはAIが埋めてくれるからです。
私は2つに割る贅沢をしているのではありません。
AIが出てきたから、2つに割れるようになったのです。
ここは順番が逆になりがちなので、強調しておきます。
「浅く2つより、深く1つのほうが即戦力では?」
もっともなご意見だと思います。私の答えはこうです。
深さは、入社後に嫌でも身につきます。
毎日そのツールを触って給料をもらうわけですから、半年もすれば講座の何倍も詳しくなります。
心配いりません。
身につかないのは、もう一つの型を知る機会のほうです。
会社は普通、どちらか一方しか導入しません。
石川県の中小企業なら、なおさらです。
社内に2つの仕組みを並行して入れる余裕はないし、その必要もない。
だから入社してしまえば、比較の視点は二度と手に入らないんです。
在職中には絶対に得られないもの。
それを渡せるのが、講座という場所の役割だと思っています。深さは会社が勝手にくれる。
比較は、こちらが渡すしかない。
渡しているのは、ツールではありません
私が講座で渡そうとしているのは、AppSheetの操作でもkintoneの操作でもありません。
「初めてのツールに向かう姿勢」です。
これから働く場所に、自分が扱えるツールがあるとは限りません。
むしろ、ないほうが普通です。
そのときに固まってしまうか、それとも画面を開いて触り始められるか。
ここで人生が分かれます。
「ノーコードってこんなものか。AIに助けてもらいながらなら、なんとかなるな」
この感触こそが、講座を出るときに持ち出せる唯一の資産です。
修了証よりも、ずっと役に立ちます。
そしてこれは、社員研修を設計する立場の方にも、そのまま当てはまる話です。
いま御社で使っているツールは、5年後も同じでしょうか。
たぶん違います。
だとすれば、社員に残すべきなのは操作の記憶ではなく、次の道具に向かえる体のほうです。
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