
3回という支援の単位は、正しい。ただ、技術の側が2か月で変わるので、3回目が終わった時点から、現場の疑問だけが増えていきます。
※本記事は2026年8月時点の情報にもとづいています。道具の仕様も名称も変わりますので、実際の画面はご自身の環境でご確認ください。
商工会連合会の個別相談は、基本3回でした
石川県商工会連合会の専門家派遣は、1事業者あたり基本3回です。
そして、私が県内の介護施設でやらせていただいている生成AIのセミナーも、基本3回で組んでいます。
先日、次の施設の資料を作りながら、手が止まりました。
同じ数字だったのです。
3回という区切りは、自分で考えて決めたつもりでいました。
1回では触って終わってしまう、5回は現場の負担が重い、だから3回がちょうどいい。
そう説明もしてきました。
でも、たぶん違います。
自分で決めたと思っていた3回を、私は制度から借りていました。
これは、誰かを責める話ではありません。むしろ逆で、その3回がよくできているという話から始めます。
3回は、入口として正しく設計されています
先に、はっきり書いておきます。3回という単位は、設計として正しいと思っています。
限られた予算を、できるだけ多くの事業者に行き渡らせる。
1社に10回使えば、9社が受けられなくなります。
公的な支援の単位としては、これ以上ないくらい合理的です。
現場の実感としても、3回には意味があります。
1回目は、触って終わります。それでいいのです。「動いた」という感触が残れば、1回目の役割は果たしています。
2回目で、「できた」になります。前回の記憶が薄れかけたところで、もう一度手を動かす。ここでようやく、道具として立ち上がります。
3回目で、はじめて自分の業務の話が出てきます。
つまり3回は、短すぎるのでもなければ、余っているのでもありません。
入口として、正しく設計されている。
問題は、3回の中身ではありません。3回が終わったあとです。
以前、これと少し似たことを書きました。生成AIの社内ルールは、作った時点が最新で、半年で古くなる、という話です。
▶ 生成AIの社内ルールは、半年で古くなります|作った後の運用をどうするか
あのときは、自分たちで決めたルールを、いつ見直すかという話でした。
今日書くのは、外から入る支援が何回かという、契約の単位の話です。
似て見えますが、読んだ方がやることは違います。
ただ、技術の側が2か月で変わります
ここから、主語が変わります。制度ではなく、技術の話です。
生成AIを毎日使っていて実感するのは、2か月に一度くらいのペースで、何かが新しくなるということです。
機能が増える、画面が変わる、名前が変わる。
先月も1つありました。NotebookLM が Gemini Notebook という名前に変わりました。
やることは、何も変わっていません。名前が変わっただけです。
それでも、現場では手が止まります。
研修で「NotebookLM を開いてください」と練習した方が、2か月後に自分の施設のパソコンを開くと、その名前がありません。そのとき何が起きるか。
「自分が習ったものは、もう違うのかもしれない」と思うのです。
ここが、いちばん誤解されているところだと思っています。
古くなるのは、教材ではありません。
教材は、差し替えれば済みます。5分で直ります。
古くなるのは、教わった人の自信のほうです。
そして、一度「もう違うのかもしれない」と思った人は、次に新しい画面を見たときに、もう開かなくなります。
最終学歴より、最新学歴。
私がこの言葉を使うのは、勉強を続けろと言いたいからではありません。
去年の正解が今年も正解とは限らない場所では、今日の画面を今日の目で見た人がいちばん強い、というだけの話です。
ただし、それを1人でやり続けるのは、想像よりずっと難しいことだと思っています。
いちばん実務に近い質問が出るのが、3回目です
3回の研修をやらせていただくと、質問が回を追うごとに変わっていきます。多くの現場で、だいたい同じ順番です。
1回目の質問:「これは何ですか」
2回目の質問:「どうやるんですか」
3回目の質問:「うちの◯◯の場合は、どうしたらいいですか」
3回目で、はじめて自分の施設の固有名詞が入ってきます。
家族への説明文をどう書くか、夜勤帯の記録をどこまで任せていいか、この様式は読ませていいのか。
道具の質問から、仕事の質問に変わる瞬間です。
私は、この3回目がいちばん好きです。
ここまで来ると、他の施設では出ない話になります。
教科書に載っていない、その施設だけの話です。
そして、3回目で終わります。
支援が終わるのは、現場が要らなくなったからではありません。契約の単位が、そこまでだからです。
いちばん実務に近い質問が出た日が、最後の日になる。
これが、研修が続かない構造の、いちばん芯にあるところだと思っています。
能力の問題ではありません。やる気の問題でもありません。
質問が育ちきったところで、受け手のほうがいなくなるという、それだけのことです。
「自分たちで調べればいい」——そのとおりです
ここまで読んで、いくつか反論が浮かんだ方がいると思います。先に書いておきます。
「自分たちで調べればいい」
そのとおりです。調べられます。いまは検索でも生成AIでも、答えらしきものは出てきます。
ただ、調べる時間がある人と、聞けば3分で終わる人とでは、半年経つと差がつきます。
差がつくのは知識の量ではありません。
手を止めた回数のほうです。
介護の現場で、業務の合間に30分調べるというのが、どれだけ難しいかという話でもあります。
「そんなに変わるものなのか」
名前が変わっただけで手が止まる、というのが現場です。
変化の大きさの話ではありません。
変わったときに、確認できる相手がいるかどうかの話です。
「研修をもう1回やればいい」
研修は、日程を全員分合わせて、会場を押さえて、端末とアカウントを揃えて、ようやく開けます。
段取りに1か月以上かかることも珍しくありません。
「集まれる日」を探している間に、疑問のほうが古くなります。
聞きたかったのは3週間前のことで、その頃には別の困りごとが乗ってきている。
研修という形は、この速度には追いつけません。
形が悪いのではなく、そういう用途の道具ではないのだと思います。
「顧問」という言葉は、正直なところ固いと思っています
私は、研修が終わったあとを一緒に走る形も用意しています。「顧問」と呼んでいます。
ただ、この言葉は正直なところ固いと思っていて、いまだにしっくり来ていません。
顧問と聞くと、月に一度スーツで現れて、資料を見て、意見を言って帰る人を思い浮かべる方が多いと思います。実際にやっていることは、それとはかなり違います。
売っているのは、助言ではありません。
聞ける相手がいる、という状態です。
「これ、聞くほどのことでもないんですけど」で始まる質問が、いちばん多い。
そして、その「聞くほどのことでもない」で止まっている時間が、現場ではいちばん積み上がっています。
止まる理由は、能力ではありません。
聞ける相手が、施設の中にいないだけです。
ICT担当がいない施設では、聞かれた側も答えを持っていないので、聞くほうが遠慮する。
そうやって、誰も悪くないまま止まります。
だから最後に、1つだけうかがいます。
3回目が終わったあと。次に出てくる質問は、誰が受けるのでしょうか。
3回の研修は、入口です。そのあとを一緒に走る形も用意しています。

