
※本記事は2026年8月時点の情報にもとづいています。制度も、道具の仕様も名称も変わります。実際の画面と最新の要件は、必ずご自身の環境と原本でご確認ください。
「この要件、AIに聞いていいですか」と、毎回聞かれます
介護福祉の法人で研修をさせていただくと、NotebookLM を介護の書類に使う話になった瞬間、必ずこの質問が出ます。
「この加算の要件、AIに聞いていいですか」
聞きたくなるのは、当然だと思います。
分厚い規程をめくって探すより、聞いたほうが早い。
目の前に、それができそうな道具があるのですから。
ただ、私の答えは毎回同じです。
答えさせてはいけません。ただし、探させることはできます。
この2つは、まったく違う使い方です。今日は、その違いだけを書きます。
(なお2026年7月に、NotebookLM は Gemini Notebook という名前に変わりました。介護の現場ではまだ旧名で通っているので、本記事では NotebookLM と書きます。同じ製品です。)
もう一点だけ先にお断りします。「資料をAIに読ませて、それを人に共有したとき、相手には何が見えるのか」という話は、別の記事に書きました。今日は共有設定には立ち入りません。
NotebookLM に、介護の規程の答えを書かせてはいけないのはなぜですか
理由は2つあります。
1つ目。 私の理解では、生成AIは「もっともらしい文章を作る」ことが得意な道具であって、「書いた内容が正しいと保証する」仕組みは持っていません。読みやすい文章が返ってくることと、その中身が正しいことは、別のことです。
2つ目。 介護は、制度が数年ごとに改定される領域です。しかも国の基準だけでなく、自治体の解釈や運用の通知でも扱いが変わります。去年の正解が、今年はそのまま使えない。そういう場所で「たぶん、こうです」という答えを受け取ると、どうなるか。
間違っていたときに、間違いの顔をしていないのです。
去年は確かに正しかった内容なので、筋が通って読めます。明らかな誤りなら気づきます。
去年の正解には、気づけません。
だから私は、要件そのものをAIに書かせる使い方は勧めていません。
この記事でも、具体的な加算名は1つも出しません。
出した瞬間に、この記事自体が「要件の説明」として読まれてしまうからです。
では、何もできないのか。そうではありません。
RAG とは何ですか
ここだけ、少し道具の話をします。難しい話にはしません。
ふつうの生成AI は、ベテラン職員さんに廊下ですれ違いざま「あの規程、どうなってたっけ」と聞くのに似ています。だいたい合っています。でも、記憶で答えています。
RAG(ラグ/検索して補強する仕組み) は、同じベテラン職員さんが、廊下では答えずに、書庫まで一緒に歩いて行って「この棚の、このファイルの、このページです」と指をさすやり方です。
答えを作るのではなく、渡した資料の中から、根拠のある場所を持ってくる。
NotebookLM は、この形で動いている道具です。
読み込ませた資料の外から材料を持ってこない、というのが元々の作りです。
ここで「だから安全です」とは言いません。指をさす場所を間違えることはあります。
大事なのは、そこではありません。
指をさされた側に、原本を開くという手順が残っていることです。
開けば、書いてあるか書いていないかは、その場で分かります。
間違いに気づける形が残っているかどうか。
私が線を引いているのは、そこです。
答えだけを受け取る使い方には、この「開く」手順がありません。だから気づけない。
介護のマニュアルをAIで検索する前に—困っていたのは「答え」ではありませんでした
ここからが、今日いちばん書きたかったところです。
仮の話として、架空の特別養護老人ホーム「かがやき苑」を置きます。
利用者60名、職員35名。ICTの担当者はおらず、事務長が兼務しています。よくある規模だと思います。
かがやき苑の書庫には、規程も、マニュアルも、様式も、ちゃんとあります。
無いわけではないのです。
では何に困っているか。
「それがどこに書いてあるか」を知っているのが、事務長1人だけなのです。
新しく主任になった職員さんが、家族から問い合わせを受ける。答えは規程に書いてあります。
でも、どのファイルの、どの綴りに入っているかが分からない。
だから事務長に聞く。事務長が休みの日は、答えが止まります。
書類は施設のものになっているのに、
そこへの行き方だけが、1人の頭の中にあります。
先日、シフトの話を書きました。
シフトを作れる人が1人しかいない、という話です。あれは「作る側」の属人化でした。
▶「介護のシフト作成を効率化したい」——その前に、作れる人が1人しかいない
今日書いているのは、「探す側」の属人化です。同じことが、規程でも起きています。
そして、ここでさっきの線が効いてきます。
AIに答えさせないと決めた瞬間に、AIの役割が変わります。
答える人ではなく、書庫までの地図になる。
「この件はどの書類に書いてありますか」と聞いて、「この資料のこのあたりです」と返ってくる。
あとは自分で開いて、自分の目で読んで、自分の責任で答える。
判断は人が持ったまま、たどり着く時間だけが短くなります。
事務長の頭の中にあった地図が、はじめて施設の側に出てきます。
属人化に効くのは、答えの速さではなく、こちらだと思っています。
この3本は、今日のための前提工事でした
ただし、条件が1つあります。
原本が1か所に集まっていないと、地図は作れません。
ここまで書いてきて、種明かしをします。この連載でここまで書いた3本は、今日のための前提工事でした。
1本目・置き場所を1つに決める 全部の機能を使おうとしなくていい、という話でした。読ませる棚が10か所あったら、地図は10枚に割れます。
2本目・誰が辞めても残る場所に置く 共有ドライブとマイドライブの違いの話でした。担当者個人の持ち物の中にある資料は、その人がいなくなった日に、地図ごと消えます。
▶ 共有ドライブとマイドライブの違いは、容量ではありませんでした
3本目・AIが拾える名前をつける フォルダの番号の話でした。古い様式と新しい様式が同じ棚に並んでいると、AIは古いほうを指さすことがあります。
置き場所を1つにして、消えない場所に置いて、中身が見分けられる名前をつける。
地味な3つですが、これが済んでいない書庫では、地図は作れません。
道具を先に入れても、届く先が散らかっていれば、散らかったまま答えが返ってくるだけです。
明日、1つだけやるとしたら
ここまで読んで、書庫ごと入れたくなった方がいるかもしれません。
やめておいたほうがいいと思います。
全部入れると、何が入っているか分からなくなります。
分からないものから返ってきた答えは、確かめようがありません。1本目に書いたことと同じです。
やることは、1つだけにします。
いちばん多く聞かれるもの、1つだけを入れる。
規程でも、マニュアルでも、様式の記入例でも構いません。
「これ、どこ見ればいいんでしたっけ」と月に何度も聞かれているものが、どの施設にも1つあるはずです。
それを入れて、いつも聞かれている質問を、そのまま投げてみる。
返ってきたら、必ず原本を開いてください。
合っていたかどうかを、自分の目で確かめる。
この手順を最初に一度やっておくと、「AIは答えを出す道具ではない」という感覚が、言葉ではなく手で分かります。
最終学歴より、最新学歴。
制度は改定され、道具の名前も先月変わりました。
去年覚えたやり方が今年も正しいとは限りません。
ただ、これは覚え直しが大変だという話ではなく、今日の画面を今日の目で見ればいいというだけの話です。
最後に1つだけ、うかがいます。
御施設で「あれ、どの書類に書いてありましたか」と聞かれたとき。その質問に答えられるのは、いま何人ですか。
1人だとしたら、それはその方が抱え込んでいるからではありません。
地図が、まだ外に出ていないだけです。
規程やマニュアルを施設で1か所に集めるところから、現場の職員さんと一緒に手を動かす研修をしています。

