
あなたの地域のデータ、誰が読めるようになっていますか?
「観光DXって、結局何をやるんですか」
観光関連の会合に出ると、必ずと言っていいほどこの質問が出ます。
「観光DXって、結局何をやるんですか」
しかも、この質問をするのは決してITに疎い方ではありません。
むしろ予約サイトも会計ソフトも使いこなしている、IT導入をとっくに済ませた事業者ほど、こう言うのです。
多くの現場で、観光DXは「補助金や優遇が付く枠組み」として受け取られているように見えます。
何をするのかは分からないが、乗っておいたほうがいい何か。そんな空気です。
でも、本当に足りないのは新しいシステムでしょうか。
私はそうは思いません。足りないのは、既にある道具を使えるようになる工程——つまり研修です。
この記事では、その理由を順に説明します。
宿泊事業者は、とっくにIT化している
まず前提を確認させてください。宿泊業界は、実はかなりデジタル化が進んだ業界です。
私自身、民泊を一人で運営していた時期があります。
OTA(Online Travel Agent=楽天トラベルやBooking.comのような予約サイト)に複数登録し、サイトコントローラー(複数の予約サイトの在庫・料金を一括で同期するツール)で管理し、PMS(宿泊予約や顧客情報を管理するシステム)で運用を回す。
一人でも回せたのは、この道具立てが揃っていたからです。
データでも裏付けられます。中小規模の宿泊施設におけるPMS利用率は約65%(GRIT社調査、2023年11月)。大半の宿は、既にデジタル化を済ませているのです。
もちろん裏を返せば、約3分の1はまだ未導入です。
自分の体感が業界の全てではないことは添えておきます。
それでも「宿泊業はITが遅れている」という前提は、もう現実に合っていません。
IT導入はもう済ませている。そこは正しい。 問題は、その次です。
なぜ観光DXだけ、何をするのか分からないのか
介護DX、建設DX、教育DX。他の業界のDXは、内容がイメージしやすい。
記録の電子化、図面の共有、教材のデジタル化——自分の事業所の中で完結する話だからです。
観光DXだけが分からない理由は、はっきりしています。
主語が「自社」ではなく「地域」だからです。
観光庁は観光DXを、
①旅行者の利便性向上・周遊促進、
②観光産業の生産性向上、
③観光地経営の高度化、
④観光デジタル人材の育成・活用、
という4つの観点で整理しています。
①と③の主語は、個々の宿ではなく地域全体です。
だから個々の事業者からは「自分は何をすればいいのか」が見えない。
分からないのは、あなたの理解力の問題ではなく、構造の問題なのです。
そして、この4本柱の④に「人材の育成」が入っていることを、覚えておいてください。
後で効いてきます。
本丸は「データを地域で持ち寄れるか」
国の観光立国推進基本計画には、「宿泊事業者における地域単位での予約情報や販売価格等の共有によるレベニューマネジメント」という一節があります。
地域の宿が予約状況や販売価格のデータを持ち寄り、地域全体で収益を最適化しようという構想です。
理屈は分かります。
ただ、現場の感覚で言えば、これは相当に難しい。
私はホテルの夜勤をしていた時期がありますが、隣の宿の空室状況は、明日の自分の価格を決めるための競争情報でした。
それを「地域のために共有しましょう」と言われて、すっと差し出せる宿がどれだけあるでしょうか。
観光DXが進みにくいのは、技術の問題ではありません。
合意形成の問題です。
システムを導入すれば解決する話ではないのです。
「オープンデータを活用しましょう」で止まる理由
では、競争情報の共有という高いハードルの手前に、今すぐできることはないのか。あります。
オープンデータ(自治体などが誰でも使える形で公開しているデータ)です。
自治体は観光統計、宿泊者数の推移、施設データなどを既に公開しています。
「オープンデータを活用しましょう」という掛け声も、よく聞きます。
でも、そこで止まる。なぜか。
事業者側に、それを読む道具と技能がないからです。
CSVファイル(表形式のデータファイル)を渡されても、表計算ソフトで眺めて終わり。
数字の羅列から傾向を読み取り、自分の商売の判断につなげる——その工程が、すっぽり空白になっています。
「データはある。読める人がいない」。ここが観光DXの空白地帯です。
地域のオープンデータは、何を使えば読めるのか
答えを先に言います。道具はもうあります。しかも無料です。
一つ目はBIツール(Business Intelligence=データをグラフや表に自動整形して、傾向を読めるようにするツール)。
GoogleのLooker Studio(旧称:データポータル)は無料で使えます。
スプレッドシートを繋ぐだけで、数字の羅列がダッシュボード——月別の推移、地域別の内訳が一目で分かる画面——に変わります。
二つ目はGemini Notebook(2026年7月にNotebookLMから名称変更されたGoogleのAIツール。
読み込ませた資料の範囲だけで答えるのが特徴)。
自治体の観光計画書や統計PDFを放り込めば、要点を数分で掴めます。「読み込ませた資料の中からしか答えない」仕組みなので、AIが勝手な情報を混ぜてくる心配が少なく、行政文書の読解に向いています。
年間コストはゼロ。地域データを読む土台は、今日から作れます。
実際に私も今、金沢エリアの観光アンケートデータでダッシュボードを作ってみています。
特別な予算も、開発会社への発注も要りません。
要るのは、半日触ってみる時間だけでした。
なのに、支援の設計が「作る側」に寄っている
ここが、この記事で一番言いたいことです。
観光DXをめぐる補助金や実証事業の議論は、どうしてもツール導入・システム開発の話になりやすい。
よく指摘される構造として、支援の担い手がツールを提供する側に偏りやすいという事情もあります。
導入の話はある。開発の話もある。
でも、「入れたあと、誰がどう使えるようになるのか」の話が抜けている。
思い出してください。観光庁自身が、観光DXの4本柱の一つに「観光デジタル人材の育成・活用」を掲げています。
国の整理の中に、ちゃんと「人」が入っているのです。
であれば、予算と時間をそこに割く設計があっていい。
アプリを作る前に、人がデータを読めるようになる。順番の問題です。
作る前に、触る
アプリを一つ開発する予算があれば、無料BIツールとGemini Notebookのハンズオン研修が何回も開けます。
半日触れば、自分の地域のオープンデータで一枚のダッシュボードが作れます。
それは誰かに作ってもらったシステムではなく、自分で読めるようになったデータです。
この違いは大きい。
作ってもらったものは使われなくなりますが、自分で作れるようになった技能は残ります。
観光DXの第一歩は、新しいアプリではありません。
既にある無料の道具を、地域の人が使えるようになること。
最後に、もう一度問いかけて終わります。
あなたの地域のデータ、誰が読めるようになっていますか?
もし答えに詰まったなら、そこが始めどころです。
私は石川県で、経営者や現場の方が自分でデータを触れるようになるまでの伴走支援をしています。
「作る前に、触る」を一緒にやりましょう。

