「職員が使えるようになってから」では遅すぎる。自治体の生成AI活用は市民と同時に

その順番待ちに、終わりは来ない。

見えている「順番」

自治体の生成AI活用に関する方針や計画を眺めていると、多くの場合、ある共通の段取りが見えてきます。

「まず職員が庁内業務で使えるようになる。その先に、市民向けのサービスや支援を検討する」

明文化されているわけではありません。

ただ、計画の書きぶりや予算の付き方を見ると、そういう順番で設計されているように見える—そう感じている方は、私だけではないはずです。

庁内が先、市民があと。

一見、堅実で正しい順番に思えます。
家の中を整えてから、お客様を招く。日本人の感覚として、とても自然です。

しかし今日は、この「順番」そのものに疑問を投げかけてみたいと思います。
行政への批判ではありません。石川県で生成AIの研修に携わる一人の実務者としての、提案です。

庁内利用は間違っていない。入口としては正しい

先に、はっきり書いておきます。
庁内での活用を先行させること自体は、間違いではありません。

多くの自治体で、生成AIの主な用途は文章のたたき台づくり、企画のアイデア出し、Excelの関数作成の補助、プレゼン資料の下書きといったところから始まっています。

しかも、個人情報や機密情報を守るための専用環境で、入力できる内容にも制限をかけた上での運用です。

これは、住民の大切な情報を預かる行政として、まったく正しい判断です。

いきなり何でも入力できる状態にするほうがよほど危険で、慎重な入口設計はむしろ評価されるべきだと思います。

問題は、入口ではありません。出口がないことです。

なぜ「使えるようになってから」では遅いのか

「職員が使えるようになってから、市民へ」—この段取りには、一つだけ大きな落とし穴があります。

「使えるようになった」というゴールが、動き続けるのです。

生成AIの世界では、数か月ごとに新しいモデルが登場します。

文章のたたき台づくりに職員が慣れてきた頃には、AIは資料を読み込んで分析し、調べものを代行し、業務の段取りそのものを組み立てるところまで進化しています。

今のツールへの習熟が完了する頃、世の中のAIは2世代も3世代も先に行っている。

つまり、「職員が十分に使えるようになったら市民へ」という前提条件は、永遠に完成しません
ゴールテープが、走るたびに遠ざかっていくマラソンのようなものです。

直列の段取りは、前の工程が終わらなければ次の工程が始まらない設計です。
そして前の工程が構造的に終わらないのだとしたら、市民の番は、いつまでも回ってこないことになります。

待っている間も、県民と事業者の時間は流れている

ここが、私が一番お伝えしたいところです。

行政の習熟を待っている間も、地域の中小企業や個人事業主の時間は流れ続けています。

他の地域では、すでに現場の経営者が生成AIを使って見積書を作り、販促文を書き、業務の無駄を削り始めています。金融機関が取引先にデジタル化を促す時代です。

仮に「市民向けはあと数年先」だとしたら、その数年は、そのまま地域の競争力の差になります。

人口減少と人手不足が最も深刻な地方でこそ、生成AIは「人が足りない」を補う武器になるはずなのに、一番必要としている人たちが、一番あとに回されてしまう。

これは誰かが悪いのではなく、「直列」という設計の必然的な結果です。
だからこそ、設計を変えることを提案したいのです。

提言:直列ではなく、並列で走る

私の提案はシンプルです。

職員と県民が、同時に走り始めればいい。

「職員がまだ十分に使えないのに、市民向けなんて」という声が聞こえてきそうです。

でも、考えてみてください。完璧に使いこなせる人など、この世のどこにもいません。
開発している当の企業ですら、毎月のように使い方を更新しているのです。

必要なのは、完璧な習熟ではありません。

触りながら覚える環境です。

私は石川県で、職業訓練のDX・生成AI講座の講師を6期にわたって務め、企業や団体への登壇は80回を超えました。

その現場で確信していることが一つあります。

パソコンが得意でない方でも、年齢が上の方でも、「触れる環境」と「隣で伴走する人」さえあれば、ちゃんと動き出すのです。

最初の一歩に必要なのは、長い準備期間ではなく、小さな体験の場でした。

職員向けの研修と、市民・事業者向けの体験の場を、同時にスタートする。

職員が学んだことをそのまま市民に伝え、市民の反応が職員の学びになる。

教える側と教わる側を分けるのではなく、地域全体が「一緒に覚えていく」構図です。

習熟してから展開するのではなく、展開しながら習熟する。
順番を入れ替えるだけで、地域が得られる時間は数年単位で変わります。

数年後、差がつくのはどちらか

「使えるようになってから」を待つ地域と、「使いながら覚える」を選んだ地域。

数年後、地域の事業者の生産性に、働く人の選択肢に、差がついているのはどちらでしょうか。

生成AIの進化は、誰のことも待ってくれません。

だからこそ、待たない設計を選ぶ。庁内の慎重な運用はそのまま守りながら、市民向けの小さな一歩を「同時に」始める。

それは行政にしかできない、地域への最大の投資だと私は思います。

石川から、その並列スタートの先例をつくりたい。
同じ問題意識を持つ方と、一緒に走れる日を楽しみにしています。

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