
燃え尽きたんじゃない。まだ火をつけていなかっただけだ。
金曜の夜、行きつけの居酒屋で
金沢の裏通り、看板の電球が一つ切れたままの、カウンター七席だけの居酒屋。
二十年通っている。誰が誰の隣に座るかまで、だいたい決まっている。
その夜も、五十を過ぎた男が三人。
ジョッキが二杯目に入ったころ、話は仕事の愚痴から、いつものように何でもない世間話へ流れていった。
誰かが「ガス人間、観た?」と言った。
話題のドラマだ。他愛のない話のはずだった。
ただ、その会話の途中で出てきた「人間燃料」という言葉が、なぜか喉に引っかかった。
飲み込めないまま、家に帰った。
Contents
劇中の「人間燃料」と、俺たちの「人間燃料」
Netflixの『ガス人間』には「人間燃料」という言葉が出てくる。
これ以上は言わないでおく。
観ていない人の楽しみを奪いたくないし、この記事はドラマの考察が目的ではないからだ。
観た人だけが、ここで少しニヤリとしてくれればいい。
大事なのはここからだ。
私が言いたい「人間燃料」は、その逆だ。
劇中の人間燃料は、誰かに燃やされ、使い切られ、捨てられる人間のことだ。
だが、話したいのは、そうじゃない。
人間燃料とは、まだ燃やしていない、自分の中に眠ったままのエネルギーのことだ。
燃え尽きた人間の話ではない。
まだ一度も、自分の意志で火をつけたことがない人間の話だ。
同じ言葉が、まるきり反対を向く。その反転が起きた夜のことを、書いておきたい。
「俺ら、燃えカスやろ」──居酒屋の本編
※以下は、私が現場で何度も聞いてきた声をもとに再構成した会話です。特定の個人の話ではありません。
「なあ、あれ観た? ガス人間」
中村がハイボールのジョッキを置いて言った。山田はメニューから顔を上げる。
「観た観た。ネットフリックスの。全部一気に観てしまったわ」
「怖かったやろ、あれ。うちの奥さん、途中で観るのやめたわ」
大西が枝豆を口に放り込みながら笑う。
マスターがカウンターの向こうで、黙って焼き物をひっくり返している。
「あのな」と中村。
「途中で出てくるやろ、"人間燃料"って言葉。あれ、なんか引っかかってんて、俺」
「ああ、あれな」
「人を燃料みたいに使い捨てる、って話やろ。……俺、思わんかった? まんま、俺らのことやんって」
一瞬、間があった。
山田は笑おうとして、うまく笑えなかった。
「……言うなや、中村。せっかく飲んどるのに」
「いや聞けって。俺、来年で役職定年やぞ。57で。給料、そこからガクッと下がるんや。仕事は変わらんのに。若いのに追い抜かれて、こっちは"いてくれるだけでええ"みたいな扱いや。燃料としてさんざん燃やされて、燃えカスになったら隅に置いとかれる。ガス人間と一緒やん、俺ら」
「……」
「山田、お前とこもそうやろ。ずっと現場で頑張ってきて、それで課長止まりや。あの、なんやったっけ、東京の大学出た若いのが部長で来たがやろ? お前より15も下の」
山田は答えなかった。図星だった。図星すぎて、腹の底がじわっと熱くなった。
「……あいつはええんや。大卒やし。俺は高卒で入って、現場叩き上げで。もう、そういうもんやって、最初から分かっとったことやし」
「なーん、それが悔しいって話しとるんやって」中村が声を大きくする。
「俺らの時代は、最終学歴で人生ほぼ決まったやろ。片道切符よ。そこから乗り換えなんか、日本ではまず無理や。一回レール外れたら終わり。だから俺ら、文句言わんと三十年走ってきたんやろ。それで、燃えカスや」
「……もう52やしなあ」と山田。「今から何かやるとか、無理やろ。あと8年、逃げ切ればええんや。
下手に動いて失敗する方が怖い。子供の学費もまだあるし、家のローンも残っとるし、親父も最近あやしなってきて。……冒険しとる余裕なんか、どこにもないわ」
「そうそう。それよ」中村が我が意を得たりと頷く。
「俺らは、もう燃えカスとして静かにやり過ごすしかないがや。それが現実」
大西が、それまで黙って聞いていたが、ジョッキの縁を指でなぞりながら、ぽつりと言った。
「……いや、俺な、最近ちょっと違うこと思っとって」
「なんや大西、急に」
「いや、笑わんと聞いてや。俺な、この前から、金沢のなんか、集まりみたいなん行っとるんや。月に何回か」
「集まり? 宗教か?」中村が茶化す。
「ちゃうわ。生成AIの。ほら、チャットGPTとか、ああいうやつ。あれをな、実際に手ぇ動かして使ってみよう、っていう会」
「……お前が? パソコン、そんな得意やったか」
「なーん、全然。全然できんて。俺、いまだにエクセルもあやしいもん。でもな、行ってみたら、俺みたいなおっさんばっかりなんや。パソコン苦手な、60過ぎの人もおるし、商店のおばちゃんもおるし。みんなワイワイ、触っとるんや。"こんなん出たわ""へえ、すごいね"って。参加費も飲み会一回分くらいやし」
「ふーん」中村は興味なさそうに焼き鳥を齧る。
「どうせ、意識高いやつらの集まりやろ」
「それがな、逆なんや。全然そんなんちゃう。俺、この歳で初めて、"できた"って思ったんよ。自分の仕事の、めんどくさい書類、AIに手伝わせて半分の時間で終わったんや。たいしたことないやろ? でもな、俺、ちょっと……なんていうか、久しぶりに、面白かってん」
沈黙がおこった。
山田は、大西の顔を見た。空元気ばっかりのこいつが、こんな真っ直ぐな顔で喋るのは、久しぶりに見た気がした。
そのとき、それまでずっと黙って手を動かしていたマスターが、湯呑みを拭きながら、誰にともなく言った。
「……燃えカスって、ほんとに燃えたあとの話やろ。あんたら、いつ、自分のために火ぃつけたことあるがけ」
誰も、すぐには答えられなかった。
違和感 ─「燃え尽きた」んじゃなかった
店を出て、三人は駅の方で別れた。山田は一人、片町の交差点で信号を待っていた。
酔いは、思ったより回っていなかった。むしろ、頭のどこかが妙に冴えていた。
マスターの一言が、消えずに残っている。
――いつ、自分のために火ぃつけたことあるがけ。
高卒で入社して、三十年。文句も言わずに現場に立った。
誰かが休めば代わりに出た。若い者が辞めれば、その分を背負った。
ノルマも、残業も、単身赴任も、断ったことはなかった。
会社の燃料には、たしかになった。よく燃えた、と思う。おかげで課長にもなった。
だが、と山田は思う。
自分の意志で、自分のために、火をつけたことが、一度でもあったか。
なかった。一度もなかった。
高校を出たとき、進路は「地元の会社に入る」以外に思いつかなかった。
三十を過ぎて、資格でも取ろうかと思ったことはあった。参考書は買った。三ページで止まった。
四十を過ぎてからは、そういうことを考えるのもやめた。もう遅い、と自分に言い聞かせた。
燃え尽きた、とずっと思っていた。だが、それは違うのかもしれない。
燃え尽きるためには、まず、燃えなければならない。
自分は、燃えていない。会社という炉の中で、他人の火に温められていただけだ。
だから、まだ燃料は残っている。丸ごと、手つかずで、五十二年分。
信号が青になった。山田は、渡らずに、しばらくそこに立っていた。
火種は、ほぼタダで、年齢も学歴も聞かない
ここから先は、私の話をさせてほしい。山田のような人に、金沢で何十回も会ってきたからだ。
生成AIというものについて、一つだけ、はっきり言えることがある。
生成AIは、あなたの年齢を聞かない。学歴を聞かない。職歴も、性別も、役職も、一度も聞いてこない。
面接もない。書類選考もない。「あなたには荷が重い」と言う上司もいない。
パソコンに向かって、日本語で話しかける。それだけで、返事が返ってくる。
考えてみてほしい。私たちの世代が「今からは無理だ」と思ってきた理由は、たいてい入口が閉じていたからだ。
大学に入り直す金も時間もない。転職市場では年齢で弾かれる。
新しい資格は取るのに何年もかかる。だから諦めた。合理的な判断だったと思う。
だが、生成AIには、その入口がない。扉がないから、閉まりようがない。
50代が生成AIを始めるのに、必要な資格も学歴も一つもない。必要なのは、日本語と、少しの好奇心だけだ。
しかも、火種の値段はほぼタダだ。無料で使える範囲だけでも、山田の職場の書類仕事は半分になる。
月に数千円払えば、もっと使える。飲み会を一回減らせば済む金額だ。
「AIに仕事を奪われる」という話をよく聞く。私は、順序が逆だと思っている。
燃料のまま燃やされる人が、AIに置き換えられるのだ。
自分で火をつけた人は、置き換えられない。AIを使い倒す側に回るからだ。
そして、これは石川県の中小企業の現場で、私が繰り返し見てきた一次情報だが
最初に成果を出すのは、若手ではない。五十代のベテランだ。
理由は単純で、彼らは「その仕事の、どこが本当に面倒か」を知っているからだ。
AIは、知らないことは手伝えない。三十年分の現場勘を持った人がAIを持つと、二十代がAIを持つより、はるかに強い。
三十年、燃料でいた経験そのものが、火をつけたときの燃焼量になる。そういうことだと思う。
参考:自分の仕事のどこにAIが効くか分からない方は、AI活用診断で三分ほど試してみてください。個別に相談したい方は相談室もあります。
石川で、パソコン苦手なおっさんたちが火をつけている
その週末、山田はスマホで「金沢 生成AI 集まり」と検索した。
大西に聞けばよかったのだが、聞けなかった。あの夜、興味があるとは言えなかった。中村の前で言えるわけがなかった。
検索結果の上の方に、石川DX実践会議というページがあった。
開いてみて、拍子抜けした。特別なことは、何も書いていなかった。
派手な成功事例も、横文字の並んだキャッチコピーも、年収がどうという話も、なかった。
書いてあったのは、こういうことだ。石川・金沢で、生成AIを実際に手を動かして学ぶ、少人数の集まりであること。
パソコンが得意でない人、初めての人が中心であること。ハンズオン形式で、「自分でできた」と言えるところまで一緒にやること。
そして、以前は教わる側だった参加者が、いつの間にか教える側に回っていること。
そのなかの一行に、山田は目を止めた。
「パソコンが苦手な人ほど歓迎します」
五十二年生きてきて、自分の苦手が歓迎されたことは、一度もなかった気がした。
山田は、決意も宣言もしなかった。
ただ、次の開催日を、なんとなくスマホのカレンダーにメモした。それだけだ。
さあ、あなた自身に着火しますか?
大きなことは何も言わない。
生成AIを触ったからといって、給料が倍になるわけではない。
役職定年がなくなるわけでもない。子供の学費も、家のローンも、そのままそこにある。
伴走支援をやってきて分かったのは、これは魔法ではないということだ。
半年やっても、劇的に変わる人は多くない。ただ、確実に一つだけ変わるものがある。
「自分は、もう何も学べない人間だ」という思い込みが、消える。
それが消えたあと、人がどうなるかは、私にも分からない。
転職する人もいた。社内で新しい仕事を任された人もいた。
何も変わらないまま、ただ機嫌よく働き続けている人もいる。それでいいと思っている。
私たちの世代は、「最終学歴」で人生の天井が決まると教わって育った。片道切符だと信じ込まされてきた。
だが、天井を作っていたのは、学歴そのものではなかった。
学歴が天井だ、という思い込みのほうだった。
最終学歴は、もう変えられない。
けれど、最新学歴なら、今日から変えられる。
今日学んだことが、あなたの一番新しい学歴になる。それだけの話だ。
燃え尽きたんじゃない。まだ火をつけていなかっただけだ。
三十年分、手つかずの燃料が、あなたの中にそのまま残っている。使い道は、あなたが決めていい。
明日、ちょっと調べてみるくらいで、じゅうぶんだ。


