
動いてはいる。でも、何をしているか誰も説明できない
毎朝、誰かがそのファイルを開く。
ボタンを押す。数秒待つと、いつもの集計表ができあがる。
請求も、在庫も、シフトも、それで回っている。
では、そのボタンの裏で何が起きているか、説明できる人は社内にいますか?
作った人はもう辞めた。引き継ぎ書はない。怖くて誰も中身を開けない。
けれど止めるわけにもいかないから、毎日そっと動かし続けている。
石川県の中小企業を回っていると、この「触れないマクロ」の話に驚くほどよく出会います。
今日はこれを、壊すのではなく掘り起こす話をします。
Contents
その"動いているマクロ"は、現代の遺跡かもしれない
「2025年の崖」という言葉が独り歩きして、「古いシステムを新しくしないと崖から落ちる」という話に聞こえがちです。
でも本質はそこではありません。
問題は古さそのものではなく、中身が読めなくなっていること=ブラックボックス化です。
新しくても誰も説明できないシステムは危ない。
古くても全員が中身を分かっているなら、実はそこまで危なくない。崖の正体は「老朽」ではなく「不可視」なのです。
マクロが遺跡化するのには、だいたい決まった構造があります。
- 「マクロの記録」機能でつくられたため、人間が読むことを想定していないコードになっている
- 仕様が作った人の頭の中だけにあり、本人の退職とともに消えた
- 引き継ぎ書もコメントもないので、動く現物だけが残された
地中に埋もれた遺跡と同じで、形は残っているのに「何のための施設だったか」が分からない。
これが、明日の業務を静かに人質に取っている状態です。
なぜAIが"発掘屋"として機能するのか
ここ数年で現実的になったのが、生成AIにこの「発掘」を手伝わせるやり方です。
AIは、人間が読むのを諦めたコードを読んで、「これは何をしているコードか」を日本語に翻訳できるようになりました。スコップ片手の発掘作業を、かなり肩代わりしてくれます。
具体的には、AIに任せられる発掘作業は大きく二つあります。
処理の流れを地図にする
どのシートのどのセルを読み込み、どう加工して、どこへ書き出しているか。
マクロのコードを貼り付けて「この処理の流れを順番に日本語で説明して」と頼むだけで、埋もれた処理の道順が一枚の地図になります。
「入力タブのA列を集計して、別シートに転記している」——その当たり前のことが、まず可視化されます。
外部依存・隠れた前提を洗い出す
厄介なのは、マクロが自分の中だけで完結していないケースです。
別のブックを参照している、共有フォルダの特定ファイルを読みに行っている、「月初に必ず手作業で貼り付けるシートがある」前提で動いている——こうした隠れた依存は、現物を眺めるだけでは見えません。
AIに「このコードが前提にしている外部ファイルや事前条件をすべて挙げて」と問えば、地中に張った根のような依存関係を引きずり出せます。
解析でいちばん大事なのは「入口」と「出口」の整合性
ここが今日いちばん伝えたい核心です。
マクロは結局のところ、「あるデータを入れると、ある結果が出てくる箱」にすぎません。
掘り起こす本当の目的は、コードの一行一行を愛でることではなく、この入口(インプット)と出口(アウトプット)の関係を正しく掴むことです。
そしてここに、AIの限界をはっきり知っておくべき落とし穴があります。
AIはコードが「何をしているか」は説明できても、その結果が「業務的に正しいか」までは判断できません。
たとえば(これは仮定の話ですが)、AIが「このマクロは売上に1.08を掛けて税込額を出しています」と正しく読み解いたとします。
コードの説明としては満点です。
けれど、その税率が今の制度に合っているか、そもそも掛けるべき対象が正しいかは、AIには分かりません。業務の正解を知っているのは、現場のあなただけです。
だから掘り起こしには、必ず検算の工程が要ります。
過去の「この入力のとき、この出力だった」という既知の実績データを用意し、解析後の理解と突き合わせる。
入口に既知のデータを入れ、出てきた出口が過去の実績と一致するかを確かめて、はじめて「読めた」と言えます。
ここを飛ばすと、「読めたつもり」で終わります。
そのまま作り直すと、今度は動くけれど間違っていシステムを量産することになる。
これが掘り起こしで最も危険な事故です。
コードが読めたことと、業務が分かったことは、別物なのです。
「作り直し」の前に、「読める化」だけでも価値がある
ここまで読むと「では作り直さねば」と身構えるかもしれませんが、急がなくて大丈夫です。
いきなり再構築を狙う必要はありません。
まずやるべきは、掘り起こした中身を残る形の成果物にすることです。
- 処理の流れをまとめたフロー図
- 入口と出口を整理した仕様書
- 何をしているか注釈をつけたコメント付きコード
この「読める化」だけでも、価値は十分にあります。
なぜなら、読める状態に戻った瞬間、自社の担当者がもう一度そのマクロに"触れる"ようになるからです。怖くて開けなかった箱が、手入れできる道具に戻る。
これは脱・属人化そのものです。作り直しはその先で、必要になったときに考えればいい。
自社でできること/専門家に頼むべきこと
最後に、線引きの話をします。
自社でできる第一歩は、思っているより簡単です。
触れないマクロのコードをコピーして、AIに貼り付け、「これが何をしているか日本語で説明して」と聞いてみる。
それだけで、発掘は今日から始められます。
明日の朝、いちばん怖いあのファイルで試してみてください。
一方で、専門家に任せた方がいい領域もはっきりしています。
- 入口と出口の整合性の検算(業務知識と既知データの突き合わせ設計)
- 複数ブックにまたがる依存解析(根が深く絡まっているケース)
- 「本当に同じ結果が出るか」を確かめる再現テストの設計
ここを外注すべきなのは、丸投げするためではありません。
最終的に自社の手で触れる状態にするためです。
私がいつもこだわっているのは、依存させないこと。
掘り起こしを手伝うのは、いずれあなたの会社が自分で発掘を続けられるようにするためです。
まとめ——掘り起こすのは、未来に引き継ぐため
触れないマクロを掘り起こすのは、「こんな雑なものを残して」と過去の担当者を裁くためではありません。その人が支えてきた業務を、自社の手で、次の時代に引き継ぐためです。
動いているうちが、いちばん発掘しやすいタイミングです。
完全に止まってから慌てるのではなく、まだ動いている今のうちに、中身を読める形にしておく。
それが、崖を前向きに渡る一番確実な方法だと思っています。
まずは一本、社内でいちばん「触れないマクロ」を掘り起こしてみませんか。
- 自社の状況を診断してみる → shindan.solobizjourney.com
- 掘り起こしを相談してみる → soudan.solobizjourney.com

