
AIは「とりあえず作って」では動かない。動かすのは、何を作るかを言葉にできる人間だ。
「AIに『業務アプリを作って』と頼めば、勝手に完成する」—そう思っている経営者の方に、先に結論をお伝えします。
それは半分本当で、半分は危険な誤解です。
私は先日、コードを1行も書かずに、地域コミュニティ「石川DX実践会議」の公式サイト用データ基盤を、AppSheet(ノーコードの業務アプリ作成ツール)とGoogleスプレッドシートで設計・構築しました。
使ったのは、対話型AI「Claude(クロード)」との"壁打ち"だけ。
専門のエンジニアは入れていません。
ここだけ切り取ると「ほら、やっぱりAIに任せれば作れる」という話に聞こえます。
けれど、実際に手を動かして痛感したのは、まったく逆のことでした。
AIに作業を任せられる時代だからこそ、経営者に問われるのは「何を作るかを、自分の言葉で決める力」だ——という現実です。
最近「バイブコーディング」という言葉が話題になっています。
難しく聞こえますが、ざっくり言えば「AIと会話しながら、感覚的にモノを作っていくやり方」のこと。
ですが世の中の解説記事の多くは「ほら、こんなに簡単に作れる」で止まっています。
私が今回お伝えしたいのは、その手前にある、誰も丁寧に書かない「壁打ちで要件を固める時間」こそが本体だった、という一次情報です。
これは、自社の仕事を一番よく知っているのに「ITは専門外だから」と一歩引いてしまっている、地方の経営者・後継者・DX担当の方にこそ読んでほしい話です。
Contents
そもそも何を作ろうとしたのか——「道具の説明」から始めない
今回作ったのは、石川DX実践会議という、地域で学び合う人たちの「育成の連鎖」を外に見せるためのサイトの、土台となるデータ部分です。
ここで多くの人がいきなりやってしまうのが、
「じゃあAppSheetの使い方を調べよう」
「どのボタンを押すんだろう」
と道具の操作から入ること。
これは、職業訓練でDXを教えていても毎回ぶつかる壁です。
道具から入ると、たいてい途中で迷子になります。
私が最初にClaudeと話したのは、操作の話ではありませんでした。

答えは「カッコいい見た目」でも「機能の多さ」でもなく、認知と信頼でした。
誰が、どんな想いで、どんな学びの連鎖を起こしているのか。それが伝わって初めて、人は動く。
この一行が決まった瞬間、何のデータを持てばいいか、何が要らないかが、自動的に見えてきました。
➡️ 経営者への置き換え:
これは新規事業や業務改善とまったく同じ構造です。
「AIで何ができるか」ではなく「うちの一番の仕事は何か」が決まっていない限り、どんな最新ツールを入れても空回りします。道具選びは、目的が決まった"後"の話なのです。
壁打ちで分かった、「要件定義」こそが本体だった
エンジニアの世界には「要件定義」という言葉があります。
横文字を嫌う私の言葉に直すと、これは「何を、なぜ、誰のために作るのかを、紙に書けるくらい具体的に決める作業」——つまりAIへの発注書づくりです。
今回いちばん驚いたのは、Claudeとの対話の8割が、この発注書づくりに費やされたことです。
実際に「作る」工程は、発注書さえ固まればあっという間でした。
決定的だったのは、私がふと漏らした一言です。
講師は、一人じゃなくて複数いるんだよね
たったこれだけの情報で、データの設計図がガラリと変わりました。
講師が複数いるなら、講師の情報と、講座の情報は、同じ表に混ぜてはいけない。
別々の表に分けて、後でつなぐ——という構造(テーブル分割)が必然になったのです。
ここがこの記事の核心です。
この「講師は複数いる」という事実を知っているのは、AIではなく、現場の私だけでした。
➡️ 経営者への置き換え:
これこそ、後継者・経営者がAI時代に持つ最強の武器です。
先代から受け継いだ「勘と経験」、現場の暗黙のルール、お客様との関係性——AIは何も知りません。
それを言葉にして渡せるのは、社長であるあなただけ。
「うちの仕事はこういう事情があってね」を語れること自体が、もう立派なスキルなのです。

非エンジニアがつまずいた、リアルな現場(ここが一次情報です)
きれいごとで終わらせるつもりはありません。
泥臭い失敗こそ、お金を払っても買えない一次情報だと思っているので、正直に書きます。
つまずき①:AIの「推測」を鵜呑みにすると、ケガをする
住所から地図上の場所を扱おうとしたとき、AIはデータの種類(XY型・LatLong型といった位置情報の形式)を、もっともらしく提案してきました。が、そのまま信じて進めたら、想定と違う動きをした。
世間のバイブコーディング解説でも「AIの出力を鵜呑みにするな」と必ず注意書きがあります。
私はそれを身をもって体験しました。AIは自信満々に間違える。最後に「これで本当に合っているか?」と判断するのは、やはり人間の仕事です。
つまずき②:「英語の列名・日本語の表示」という、後工程への気配り
データの見出し(列名)は英語で、画面に出す文字は日本語で——という設計にしました。
これは、後で別の仕組みとつなぐときに、英語の方が壊れにくいから。
「今ラクか」ではなく「後で泣かないか」で決める。
地味ですが、ここを横着すると後で全部やり直しになります。
つまずき③:「入力しやすさ」は、勝手には生まれない
ある項目を選んだら別の項目が必須になる(条件付き必須)、一覧から選ぶだけで関連情報がひもづく(Ref参照)——こうした「入力する人が迷わない作り込み」は、最初から考えておかないと後付けできません。
これも、現場で「誰がどう入力するか」を知っている人間にしか設計できない部分でした。
➡️ 経営者への置き換え:
AI導入が失敗する会社の多くは、この「現場の入力のしやすさ」を軽視します。
どんなに立派な仕組みでも、現場が「面倒くさい」と感じた瞬間に使われなくなる。
ツールの性能より、現場の人が続けられるか——これが地方の中小企業でDXが根付くかどうかの分かれ目です。
一番怖かった落とし穴:セキュリティと「誰が触れるか」
正直に告白すると、作業中に一番ヒヤッとしたのは、技術的な難しさではありませんでした。
「この共有リンク、配ったら誰でも中身を編集・削除できてしまうのでは?」と気づいた瞬間です。
便利に作れば作るほど、「誰が・どこまで触れるか」を決めていないと、大事なデータが一瞬で消える危険がある。
これも世間の記事が「本番運用にはセキュリティの確認が必須」と一般論で書いている部分ですが、自分で冷や汗をかいて初めて、その重みが分かりました。
そして気づいたのです。「誰が・どこまで触れるか」を決めることもまた、要件定義そのものだと。
権限設計は、技術の話である前に「この組織で、誰を信頼し、誰に何を任せるか」という経営判断なのです。
➡️ 経営者への置き換え:
AIツールやクラウドを「便利だから」と現場任せで入れている会社は、ここが一番危ない。
情報管理は、もはやIT担当の仕事ではなく、経営者が責任を持つべき領域です。
融資審査でも事業承継でも、「情報をきちんと管理できる会社か」は、これからますます見られます。
この進め方は、結局なんだったのか——AIと組む経営者の正体
すべてを終えて振り返ると、今回必要だったのは「コードを書く力」ではありませんでした。
必要だったのは、徹頭徹尾、「やりたいことを、自分の言葉で語る力」です。
ここで、よく聞かれる問いに答えておきます。
問い:バイブコーディング(AIと作る開発)で、一番大事なことは?
答え:実装(作る作業)ではなく、要件定義=目的の言語化です。何を作るかが曖昧なまま手を動かすと、必ず作り直しになります。
問い:非エンジニアでも、業務アプリは作れる?
答え:作れます。ただし条件があります。自社の事情(ドメイン知識)を言葉にできること、そしてデータ設計とセキュリティだけは確認を怠らないこと。この2つを押さえれば、専門のエンジニアがいなくても形になります。
問い:Claudeで開発を進める流れは?
答え:①目的の確定 → ②データ設計 → ③入力体験の作り込み → ④権限・セキュリティ → ⑤公開、の順です。最初の①に一番時間をかけるのが成功のコツです。
AIは、隣で一緒に汗をかいてくれる優秀な相棒です。
けれど、行き先を決めるハンドルと、最後にブレーキを踏む判断は、人間が握り続ける。
AIに「使われる」のか、AIを「使い倒す」のか——その分かれ目は、技術力ではなく、この「言葉にする力」と「最後は自分で決める覚悟」にあります。
【結論】
私は「最終学歴より、最終学歴」だと考えています。
今回、非エンジニアの私が業務アプリの土台を作れたのは、特別な才能があったからではありません。
「うちのことは、自分が一番よく知っている」という現場の知恵を、AIに語り続けただけです。
これは、石川・富山の経営者や後継者の皆さんが、今この瞬間から始められることです。
先代の勘と経験、現場の段取り、お客様との関係——その「言葉にしにくい財産」を持っているあなたこそ、AIと組んだときに一番強い。
隣の会社が動き出す前に、まず「うちの一番の仕事は何か」を一行で書いてみてください。
そこが、すべての出発点です。
そして、もし「自社の場合、何から言葉にすればいいのか分からない」と感じたら、そこは私の出番です。
単なるツールの使い方研修ではなく、現場が自走できるようになるまで一緒に汗をかく伴走支援を、私はやっています。
AIを"見物"する時代は終わりました。一緒に、使い倒しにいきましょう。

