
名刺を配る場より、同じ方向を見て手を動かす場のほうに、人はつながる。
「名刺は全部配るんだ」——でも、何も残らなかった
異業種交流会に出始めたころ、先輩からこう言われたことがあります。
「持ってきた名刺は、全部配って帰るんだ。それが基本だぞ」
20年前は素直な性格だったので、その通りにしました。
会場をぐるぐる回って、自己紹介を繰り返して、名刺入れが空になるまで配る。
たしかに「今日はたくさんの人と会った」という手応えはあります。
帰り道、ポケットに分厚くなった他人の名刺の束を見ると、なんとなく仕事をした気にもなる。
でも、後日その束を整理しながら、ふと手が止まります。
この人、どんな顔だったっけ。何を話したんだっけ。
正直に言えば、そこから具体的な仕事につながったケースは、ほとんどありませんでした。
これは交流会が悪いという話ではありません。
配る側だった自分も含めて、「名刺の枚数」をゴールにしてしまうと、関係はそこで止まりやすい、というだけの話です。
ここ数年、生成AIの研修やセミナーを石川県内で続けてきて、ひとつ気づいたことがあります。
人がつながるのは、名刺を交換した場ではなく、一緒に手を動かした場のほうだ、ということです。
今日はその「なぜ」を、交流会を悪者にしないかたちで、できるだけ正直に言葉にしてみます。
Contents
なぜ異業種交流会は「仕事」につながりにくいのか
結論を先に言うと、悪いのは交流会ではなく「その場限りの名刺交換で終わる構造」です。
立場も目的もバラバラな人が短時間だけ集まる設計だと、関係が深まる前に解散してしまう。
異業種交流会では、業種も立場も目的もバラバラな人が、限られた時間で次々に挨拶をしていきます。
これは「広く浅く」を実現する優れた仕組みです。ただ、裏を返すと、一人ひとりと過ごす時間は数分しかありません。
数分で交わせるのは、肩書きと社名くらい。
その人が「何に困っていて」「何を提供できるのか」までは、なかなか踏み込めません。
だから多くの場合、名刺という"連絡先のメモ"だけが手元に残って、関係そのものは始まらないまま終わります。
「異業種交流会は意味がないのか?」
よく聞かれるので、はっきり答えておきます。
意味がないわけではありません。
きっかけを大量に作る場としては有効です。
ただし「名刺を配ること」をゴールにすると、ほとんど何も残りません。
交流会で得た連絡先を、後日どう温めて関係に育てるか—その"次の一手"が設計されていないと、仕事にはつながりにくい。
これは交流会の罪ではなく、使う側の設計の問題です。
少人数の生成AI研修では、なぜ参加者同士が自然につながるのか
おもしろいことに、「人脈を作ろう」と一切うたっていない少人数の生成AI研修のほうで、参加者同士が自然に近づいていく場面をよく見かけます。
狙っていないのに、つながりが生まれる。その理由を分解してみます。
最初の自己紹介で「誰が何をしている人か」が共有される
少人数だと、自己紹介に一人ひとり時間を取れます。
社名や肩書きだけでなく、「今こういうことで困っていて」「だからAIを学びに来た」という背景まで共有される。
すると、その後の数時間、お互いが「あ、あの困りごとの人だ」と認識した状態で過ごすことになります。これだけで、初対面の距離感はかなり変わります。
同じ方向を見て、一緒に手を動かす
交流会では参加者同士が「向かい合って」名刺を交換します。
一方、研修では全員が同じ画面、同じ課題に向かって「同じ方向」を見ています。
この差は意外と大きい。向かい合うと、人はどうしても「品定め」のモードになります。
けれど、同じ課題に一緒に取り組んでいると、自然と「協力するモード」に切り替わる。
一緒に手を動かす——つまり共同作業そのものが、関係をつくっていきます。
「わからない人をフォローし合う」空気が、初対面の壁を溶かす
生成AIの研修では、必ず「ここでつまずく人」が出ます。これがむしろ良い。
隣の席の人が
「あ、それ私もさっき同じところで止まりました」
「こうやると進みましたよ」
と声をかける——そういう小さな助け合いが、あちこちで自然に起きる場面をよく見ます。
困りごとを共有して助け合った相手とは、初対面でも一気に距離が縮まります。
名刺交換では決して生まれない種類の信頼が、ここで生まれます。
リピーターが顔見知りになり、ゆるやかなコミュニティになる
同じ講師の研修に何度か参加すると、自然と顔ぶれが重なってきます。
「またお会いしましたね」から始まる雑談は、初対面の挨拶よりずっと深い。
回を重ねるうちに、受講者同士がゆるやかな顔見知りのネットワークになっていく—そんな変化も、続けていると見えてきます。
「学びの場」が「人脈の場」になる、構造的な理由
ここがこの記事のいちばん言いたいところです。
交流が目的だと、人は身構える。学びが目的だと、人は自然に協力する。
「人脈を作りましょう」と言われると、私たちはつい構えます。
何かを売り込まれるんじゃないか、自分も売り込まなきゃいけないんじゃないか、と。
この緊張が、関係づくりの邪魔をします。
ところが「一緒にAIを学びましょう」という場では、全員のベクトルが"自分の外側"—つまり目の前の課題——に向きます。
お互いを評価し合うのではなく、課題を一緒に攻略する仲間になる。その結果として、むしろ深い人脈ができてしまう。
これは逆説です。
人脈を狙わない場のほうが、人脈ができる。
名刺の枚数ではなく、「一緒に汗をかいた時間」が関係の土台になるからです。
これからの課題—つながりを"設計"する
ここまで読んで「じゃあ研修なら勝手に人脈ができるんだ」と思われると、それは少し違います。
自然に生まれるつながりを、もう一歩"意図的に設計"できないか—というのが、今の自分の宿題です。
具体策として、こんなことを考えています。
- 自己紹介に「困っていること」と「提供できること」を一言添えてもらう。 これだけで、参加者同士が「この人とつながりたい」と思うきっかけが格段に増えます。
- ワーク中に、ペアやグループを意図的に組み替える。 同じ人とだけ固まらないよう、講師側が橋渡しをする。
- 研修の外への導線を用意する。 もくもく会、懇親会、受講後に集まれる場——たとえば石川のDX実践の場のようなコミュニティへ、ゆるやかにつなぐ。
- ただし、巻き込みすぎない。 「純粋に学びだけ来たい人」を無理にコミュニティへ引っ張らない。つながりたい人がつながれる"余白"を残しておく。設計とは、強制ではなくバランスの問題です。
人手不足が深刻な石川県の中小企業にとって、これは小さな話ではありません。
一人の経営者が、同じ悩みを持つ別の経営者と研修の場で出会い、「うちはこうやって乗り切った」と情報交換できる——その横のつながりは、外から買ってくる高価なコンサル以上に、現場を支える力になることがあります。
学びの場が、地域の経営者同士の助け合いの場になる。そこに可能性を感じています。
まとめ
異業種交流会を悪者にするつもりはありません。きっかけを作る場としては、今も有功です。
ただ、自分の実感として——飲んで名刺を配る場よりも、同じ方向を見て一緒に手を動かす場のほうに、人と人がつながる可能性が大きい。
そして、その可能性は「自然まかせ」にせず、講師側が少し"設計"することで、もっと伸ばせるはずです。
学びの場を、人脈の場に。そして、地域の経営者が支え合う場に。
これからも、そういう場を金沢から作っていきたいと思います。

