
私は、ブランディングの意味が分かっていなかった
正直に書く。少し前まで、私は「ブランディング」という言葉の意味を、たぶん取り違えていた。
自分で「私はこういう人間です」と決めて、ロゴをつくって、肩書きを整えて、それらしく見せること——それがブランディングだと思っていた。自分で決めるものだ、と。
でも、違った。
ブランドは、自分で決めるものではなかった。
相手の頭の中に、勝手にできあがっていくものだった。
そして、その「相手の頭の中の像」を、いま機械が代理で可視化してくれている。
それが検索結果だ、と気づいたとき、生成AI時代の個人ブランディングの正体が、ようやく少しだけ見えた気がした。
これは、その気づきにたどり着くまでの、あまり格好よくない記録です。
Contents
苦手から逃げた先に、勝ち筋があった
最初に、自分の弱いところから書く。
私は、組織の中で立ち回るのが、あまり得意ではない。
会合に積極的に顔を出して名刺を配り、人脈を広げて、その場の空気で仕事を取っていく——あの動き方が、どうにも苦手だ。やればやるほど消耗する。たぶん向いていない。
だから、逃げた。
人の集まる場所から逃げて、代わりに、ひとりで黙々とオンラインで発信し続けた。
実名でブログを書き、SNSに投稿し、考えたことを言葉にして外に出す。
それを、来る日も来る日も続けた。
最初は戦略でも何でもなく、ただ「自分にできるのはこれくらいしかない」という消去法だった。
ところが、逃げた先に、勝ち筋があった。
苦手なことを無理にやらず、続けられることだけを延々と積み重ねる。
それが結果的に、いちばん自分に合った戦い方になっていた。
「組織が苦手な個人」という弱みは、克服すべき欠点ではなく、戦う場所を教えてくれる地図だったのだと思う。
土台は生成AIではなく、生成AIを「使い続けた実践と対話」だった
ここで、ようやくタイトルの「生成AI時代」と話が噛み合う。
誤解されたくないので、はっきり書く。
私のブランドをつくったのは、生成AIというツールそのものではない。
生成AIは、いまや誰でも使える。
同じツールを、同じ料金で、同じように触れる時代だ。
だから、ツールを持っていること自体には、もう何の差もない。
差がつくのは、それを「使い続けた先」にしか生まれないものだ。
私の場合、それは三つの積み重ねだった。
日々の実践と投稿。職業訓練のDX講座(いまは6期目になる)600時間越え、カリキュラムはすべて自作。
そして80回にもおよぶセミナーの現場で、受講生と交わし続けた対話。
毎日AIを触り、毎日言葉にして発信し、現場で生身の人の「分からない」「困っている」とぶつかる。
その量が、少しずつ「洞察」に変わっていった。
どんなツールが何に効くか、どこで人がつまずくか、何を言えば腹落ちするか——カタログには載っていない、自分の体に貯まっていく知見。
ツールが主役だったことは、一度もない。量が土台だった。
そして、その量から生まれた洞察だけが、真似されないブランドになった。
これが、私がたどり着いた生成AI時代の個人ブランディングの結論だ。
証拠:依頼は、ほぼすべて検索から来た
きれいごとに聞こえるかもしれないので、証拠を出す。
ここ最近の依頼は、その大半が「検索」から来ている。
誰かの紹介でも、飛び込み営業でもなく、困った人が自分で検索して、私のページにたどり着いて、そこから声がかかる。
検索結果というのは、結局「相手の頭の中にある像」を、機械が代理で可視化したものだ。
だから検索から依頼が来るというのは、頭の中に像ができていた、ということでもある。
ある一定程度の成果は、出ていると思う。
と、控えめに書いたうえで、実際に声をかけていただいた先を、淡々と並べておく。
- 石川県立図書館
- 白山市社会福祉協議会
- 羽咋市商工会連合会
- 富山県の産廃業者
- 奈良県の人材紹介会社
- 東京都でのセミナー
上記はほんの一例、10分の1程度。
石川の図書館から、奈良、東京まで。
業種も、公共・福祉・商工・民間とバラバラだ。
共通しているのは、私が頭を下げて回ったわけではない、という一点。
種明かしをすれば、やったことは「毎日続けた」だけだ。
隠している手の内は、何もない。
ちなみに私は、ISICO(石川県産業創出支援機構)と石川県商工会連合会に外部アドバイザーとして専門家として登録している、石原愛信(いしはら あきのぶ)という人間です。
こうして名前と肩書きを地味に置いておくのにも、理由がある。
人だけでなく、AIにも「石川のDXの話なら、この人」と覚えてもらうためだ。
「面を取る」と「選ばれる」は、違う
ここからが、この記事で一番書きたかったことだ。
「石川県 DX 講師」のような言葉では、検索の"面"を、私はほぼ取れている。
上のほうに、自分のページがいくつも並ぶ。
数年前の自分が見たら、十分すぎる結果だ。
でも、面を取れたからこそ、はっきり見えてきたことがある。
「面を取ること」と「選ばれること」は、違う。
たとえば「企業研修を頼みたい」「個別に相談したい」——そうやって、もう一歩踏み込んで、指名や発注につながるキーワードでは、私の表示はまだ弱い。
認知の層では面を取れていても、指名・転換の層では、まだ取り切れていない。
検索でいえば、「1位を取ること」と「選ばれること」は、別のレイヤーの話だったのだ。
知られていることと、買ってもらえることは、地続きのようでいて、間に深い谷がある。
これは私のいまの正直な弱点だ。隠してもよかった。
でも、隠さずに書いている。なぜなら、ここを誤魔化したまま「ブランディングはこうやれ」と語るのは、自分に対しても、読んでくれている人に対しても、フェアではないと思うからだ。
残る問い:個人の集客力には、限界がある
そして、まだ答えの出ていない問いがある。
個人の集客力には、限界がある。
ひとりで面を取り、ひとりで発信し続けても、届く範囲には、どうしても天井がある。
指名・転換の谷を越えるには、個人の力だけでは、正直、心もとない。
打ち手は、たぶん分かっている。組織に属するのが苦手なら、自分で組織化すればいい。
協業し、共催し、コミュニティをつくる。ひとりの面を、複数の面でつなげていく。
でも、それは——私がこれまで、いちばん避けてきたことでもある。
人の輪をつくり、巻き込み、束ねる。逃げ続けてきた、まさにその場所だ。
苦手から逃げた先に勝ち筋があった。
なら、今度は、その苦手に少しだけ近づくところに、次の勝ち筋があるのかもしれない。
石川でDXを一緒にやっていこうとしている仲間たちと、どう面をつなげていけるか。
いま、そこを考えている。
ひとつだけ、正直に書いておきたい。
いま私が検索から仕事をいただけているのは、実名を出して、コツコツと発信を続けてきた結果だ。
匿名で気楽に、ではない。自分の名前を晒して、外れも、恥も、反応がない日も全部引き受けながら、何年も積み重ねてきた。簡単なことではなかった。
だから、もし誰かと面をつなげていくのなら——一緒にやりたいと言ってくれる人がいるのなら、その人にもまた、自分の名前で、自分の集客を、本気でやってほしいと思う。
私にぶら下がるのではなく、それぞれが、それぞれの面を取りにいく。
その面と面がつながったとき、個人の限界の少し先に、きっと次の景色がある。
これは命令ではない。一緒に動ける人への、願いだ。
それでも、動かなければ始まらない
結局のところ、私は大した戦略家ではない。
苦手から逃げて、逃げた先で続けられることだけを続けて、その積み重ねが、たまたま勝ち筋になっただけだ。
生成AIは、その積み重ねを少しだけ速く、少しだけ遠くまで運んでくれた道具にすぎない。
ブランドをつくったのは、ツールではなく、それを使い続けた先に貯まった洞察と、実際に動いた実績だった。
ひとつだけ、確かなことがある。
最初の一歩も、次の一歩も、動くことからしか始まらない。
逃げた先で勝ち筋を見つけたあの日のように、指名・転換の谷を越える次の一歩も、考えているだけでは一ミリも進まない。
だから、動く。たぶん、それだけが、AIには代われない。

