
「社員を大事にする」という優しさが、社員の未来を静かに奪っている。
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はじめに──これは、あなたの会社の話かもしれない
まず最初に断っておく。
これは、私が経営者や人事担当者と現場で向き合う中で感じてきた「典型的な景色」を、物語の形に再構成した仮想のストーリーだ。
でも、読んでいるあなたが「うちのことだ」と思ったなら、その感覚は正しい。
第1章 自腹で学んだ人事担当者
石川県内のある中小企業。社員数は80名ほど。
人事部は実質、田中さん(仮名)ひとりだった。
採用、入退社の手続き、労務管理、社内研修の企画、総務の雑務。
どこの部署からも「田中さん、これお願い」と仕事が飛んでくる。
残業は慢性化していた。でも田中さんは文句ひとつ言わない。
「自分がやらないと、誰がやる」という静かな責任感で回していた。
ある夜、仕事終わりにスマホを眺めていた田中さんは、生成AIという存在を知る。試しに使ってみた。
求人票の下書きが、5分でできた。
社員向けの研修資料が、1時間で形になった。
議事録の作成が、半分以下の時間になった。
「これだ」と思った。自腹でツールの有料プランを契約し、独学で使い込んだ。
数週間後、田中さんは社長室のドアを叩いた。
「社長、生成AIを社内で使えるようにしませんか。私が使い方を教えます。まず管理部門から試してみましょう」
第2章 「社員を大事にしたいから」という呪文
社長の答えは、こうだった。
「うちは社員を大事にしたいから。AIとかよく分からないものを使わせるのは、ちょっとな」
田中さんは、言葉を失った。
社長に悪気はない。むしろ誠実な人だ。
「社員に余計な負担をかけたくない」
「新しいことを強制したくない」
という優しさから出た言葉だとも分かる。
でも田中さんは思った。
今、私が一番傷ついています。
現場は竹槍で戦い続けている。毎日。毎週。毎月。
効率化できる仕事を非効率なまま手作業でこなし、疲弊していく。 その現実を社長は、知らない。
田中さんは「また来月、タイミングを見て言おう」と心の中でつぶやきながら、社長室を出た。
その背中は、少し小さくなっていた。
第3章 社長が目撃したもの
数ヶ月後。
社長が社内を歩いていると、田中さんがひとり残業しているのが目に入った。
「田中さん、今日も遅いな」
「ちょっとやることが多くて」
その短いやりとりが、社長の胸に刺さった。
社長は帰宅してから、妻にこう言ったらしい。
「うちの田中さん、最近元気ないな。なんかあったのかな」
妻は聞き返した。
「あなた、AI使わせてほしいって言われたんじゃなかった?」
社長は黙った。
翌週、社長は意を決して、ある場所に足を運んだ。
生成AIの基本セミナーだ。「まず自分が知らなければ、判断もできない」。
それだけを考えて、申し込んだ。
第4章 社長が知った「AIの本当の意味」
セミナーで社長は、ひとつの問いを受けた。
「社員を大事にしたい。それはなぜですか?」
「早く帰ってほしい。無駄な残業をさせたくない。もっとやりがいのある仕事に集中させてあげたい」
「では、そのための道具がここにあります。AIは社員から仕事を奪いません。人間にしかできない仕事に、社員を解放するための武器です。」
社長は、その瞬間のことを後から田中さんに話している。
「目から鱗が落ちた、って言葉があるだろ。あれ、本当にあるんだな。自分が間違えてたって、あそこで分かったよ」
第5章 雪崩が起きた
翌朝、社長は田中さんを呼んだ。
「田中さん、あの話、進めよう。まず田中さんが使ってるやり方を、管理部門に広げてくれないか。予算は出す」
田中さんは、返事ができなかった。
しばらく黙って、それから言った。「……ありがとうございます」
そこからは早かった。
田中さんがリードして、採用フローの一部を自動化した。
社内マニュアルを整備し、問い合わせ対応の下書きをAIに任せるようにした。
会議の議事録が当日中に全員に共有されるようになった。
3ヶ月後、田中さんの定時退社が当たり前になった。
社内から「田中さん、最近元気そうですね」という声が出るようになった。
トップの「やろう」という一言が、堰を切ったように会社を変えた。
現場はすでに、変わりたいと思っている
私はこれまで石川県を中心に70回以上の登壇、480時間を超える現場支援を続けてきました。
その中で何度も見てきた。
自腹でAIを学ぶ社員がいる。変えたいと思っている現場がいる。
でもトップの一言がないから、動けない。
その歯車が、ずっと噛み合わないまま止まっている会社を。
「社員を大事にしたい」という言葉は、本物の優しさだと思う。
だからこそ言わせてほしい。
AIを知らないまま「使わせない」という決断は、優しさではない。
現場のエースを黙って追い詰める、善意の放置だ。
田中さんのような人が、今この瞬間も石川のどこかにいる。
その人の自腹の学びを、無駄にしないでほしい。
経営者に必要なのは、完璧な知識ではない。
「まず自分が知ろう」という、その一歩だ。
