【物語で読むDX】月給50万でも「安い」と言われる理由。珠洲市に移住した元エンジニアが選んだ「5社シェア」という働き方

「雇えない」じゃない。「シェアすればいい」だけだった。

※この記事は、地方のIT人材活用の可能性を描いた「シミュレーション小説」です。
登場人物・企業名はすべて架空ですが、現実に応用可能なモデルとして読んでいただければ幸いです。

はじめに ── 「地方には仕事がない」は本当か?

「地方には仕事がない」

「IT人材なんて来てくれるわけがない」

こんな声を、私は石川県内の経営者さんから何度も聞いてきました。

でも、本当にそうでしょうか?

今回は、ひとつの「もしも」の物語をお届けします。

舞台は、石川県珠洲市。 能登半島の先端に位置し、震災からの復興と人口減少という二重の課題を抱える地域です。

ここに一人の男が降り立ったところから、物語は始まります。

第1章 移住者ケンジの絶望

「やることがない」という地獄

ケンジ、32歳。 東京のIT企業で7年間、ウェブサイトの制作やシステム開発に携わってきた。

終電帰りが当たり前。

休日出勤も珍しくない。

気づけば、心も体もボロボロだった。

「もう関係ないことで数字を追いかけるのは疲れた」

そんなとき、頭に浮かんだのは、子どもの頃に夏休みを過ごした珠洲のばあちゃんの家だった。

海と山に囲まれた静かな暮らし。 顔の見える人間関係。

「あそこなら、自分を取り戻せるかもしれない」

ケンジは会社を辞め、珠洲へ移住した。

求人票を見て、愕然とした

移住して最初にしたのは、ハローワークに行くことだった。

「えーっと、IT関係の求人は……」

職員さんが申し訳なさそうに言った。

「ごめんなさいね、この辺りだと、ITの正社員求人はほとんどないの。土木作業員とか、介護とか、事務とかならあるんだけど……」

ケンジは求人票をめくった。 たしかに、自分のスキルを活かせそうな仕事は見当たらなかった。

「まあ、なんとかなるか」

そう自分に言い聞かせた。

「社内SE」という名の暇人

それでも諦めきれず、知り合いの紹介である建材会社に「社内のパソコン関係をやってくれないか」と声をかけてもらえた。

「ありがたい!」

喜んで入社したケンジ。

初日から張り切って、社内のパソコン設定、ネットワークの見直し、プリンターの共有設定……。

3日で終わった。

「……あれ?」

4日目から、やることがない。

社長の山田さんは気を遣って、「まあ、ゆっくりしとって」と言ってくれる。

でも、周りの社員さんたちは朝から晩まで汗だくで働いている。

その横で、パソコンの前に座っているだけの自分。

「俺、月給30万もらって、何やってんだろう……」

罪悪感で押しつぶされそうだった。

1ヶ月後、ケンジは自分から退職を申し出た。

「すみません。僕がいても、御社の役に立てません」

山田社長は困った顔をしていた。

「いや、辞めんでも……。こっちこそ、仕事を用意できんで悪かったな」

第2章 起死回生の提案

商工会の飲み会で聞いた「本音」

途方に暮れていたある夜。 商工会の集まりに誘われ、なんとなく参加した。

地元の経営者たちが、酒を飲みながら愚痴をこぼしている。

「インボイス? なんやそれ。対応せんならんのは分かっとるけど、誰に聞けばいいか分からんわ」

「うちもSNSやりたいんやけどな。若い子おらんし、誰も分からんのや」

「ホームページ? 息子に作ってもらったけど、5年前から更新しとらん」

ケンジは黙って聞いていた。

(あれ……? これって、俺ができることばっかりじゃないか?)

でも、ひとつの会社に入っても、すぐに「やることがなくなる」。

さっき経験したばかりだ。

そのとき、ふと思いついた。

「僕を、5社でシェアしませんか?」

ケンジは思い切って手を挙げた。

「あの、すみません。ちょっと提案があるんですけど……」

経営者たちの視線が集まる。

「僕、東京でIT関係の仕事してたんです。さっき皆さんが話してたこと、たぶん僕にできます」

「ほう」

「でも、1社だけだと、すぐにやることがなくなっちゃうんです。だから……」

ケンジは深呼吸した。

「僕を、5社でシェアしてもらえませんか? 月10万円で、週1回必ず御社に行って、IT関係のこと何でもやります」

一瞬、沈黙が流れた。

最初に口を開いたのは、酒蔵を経営する田中さんだった。

「月10万? それやったら出せるわ」

続いて、建設会社の鈴木さん。

「週1回で十分や。むしろ毎日来られても困る」

旅館の女将、佐藤さんも頷いた。

「ほんとに? うちの予約管理、紙でやっとるんやけど、なんとかならん?」

水産加工の木村さんが笑った。

「おお、うちも頼むわ。在庫管理、いまだに手書きなんや」

道の駅の店長、高橋さんも手を挙げた。

「うちのレジのデータ、全然活用できとらんのや。見てくれるか?」

ケンジは目を丸くした。

あっという間に、5社が決まった。

第3章 動き出した「シェア雇用」の現場

月曜日から金曜日、5つの顔を持つ男

こうして、ケンジの「週5社」生活が始まった。

【月曜日】A酒蔵

「田中さん、海外からの注文、増やしたいって言ってましたよね?」

「おう。でもやり方が分からんくてな」

ケンジは酒蔵のホームページを見直し、英語ページを追加。

さらに、海外向けのインスタグラムを開設して、投稿を自動化する仕組みを作った。

「これで田中さんが写真撮るだけで、自動で投稿されます」

「はー、便利な時代になったもんやな」

【火曜日】B建設

「鈴木社長、現場の写真、いつもどうやって共有してます?」

「LINEで送っとる。でも誰が何送ったか、ごちゃごちゃになるんや」

ケンジは無料のクラウドサービスを導入し、現場ごとにフォルダを分けた。

「これで事務所に戻らなくても、全員が写真を見れますよ」

「おお! これで直行直帰できるやんけ!」

現場監督の顔がパッと明るくなった。

【水曜日】C水産加工

「木村さん、この在庫表……手書きですか?」

「悪かったな! ずっとこれでやっとるんや!」

ケンジは笑いながら、iPadとアプリを導入。

バーコードを読み取るだけで在庫が更新される仕組みを作った。

「最初は『難しい』って言ってた従業員さんも、3日で慣れましたよ」

「いやー、うちの婆さんでも使えるとは思わんかった」

【木曜日】D旅館

「佐藤さん、この予約台帳、すごいですね……」

「笑わんといて。全部手書きなんや」

大学ノートにびっしり書かれた予約情報。 ダブルブッキングが月に1回は起きているという。

ケンジは無料の予約管理ツールを導入し、翻訳AIも連携させた。

「これで海外からの問い合わせも、自動で日本語に変換されますよ」

「ほんと? 英語のメール、いつも息子に頼んどったんや……」

【金曜日】E道の駅

「高橋さん、レジのデータって見たことあります?」

「いや、見方が分からんくて……」

ケンジはデータを分析し、売れ筋商品と死に筋商品をグラフにまとめた。

さらに、高齢のスタッフさん向けに「スマホ教室」を開いた。

「皆さん、LINEで写真送れるようになりましたね!」

「孫に送れるわ! ありがとうね!」

70代のおばあちゃんスタッフが、満面の笑みで言った。

月収50万円、東京より豊かな暮らし

5社 × 月10万円 = 月収50万円。

東京時代とほぼ同じ収入だが、生活コストは半分以下。

家賃は3万円。野菜は近所からもらえる。魚は漁師さんから直接買える。

「なんだ、全然やっていけるじゃん」

ケンジは、東京では感じたことのない「余裕」を手に入れていた。

第4章 意外な波及効果 ──「知恵のシェア」

運び屋ケンジ

数ヶ月が経つと、思わぬ変化が起きていた。

ケンジが「知恵の運び屋」になっていたのだ。

「田中さん、A酒蔵で使ってるインスタの自動投稿ツール、D旅館でも使えますよ」

「あ、それいいね! 佐藤さんに教えてあげて」

「木村さん、C水産の在庫管理アプリ、B建設の資材管理に応用できますよ」

「マジか! 鈴木さんに話しとくわ」

ひとつの会社で学んだことが、別の会社で活きる。

業種は違っても、「デジタルで楽になる」という本質は同じだった。

「珠洲DXチーム」の誕生

ある日、5社の社長たちが集まった。

「なあケンジ、俺たち、もっと協力できるんちゃうか?」

田中さんの一言がきっかけで、「珠洲DXチーム」が結成された。

月に1回、5社の経営者とケンジが集まり、困りごとを共有する。

業種の垣根を超えた協力体制が生まれた。

「酒蔵と旅館でコラボ商品作ろう」

「建設と道の駅で、地元の木材使った商品開発しよう」

ITの話だけじゃない。 ビジネスそのものが、つながり始めていた。

おわりに ── これは「架空の話」で終わらせない

この物語は、フィクションです。

でも、実現不可能な夢物語ではありません。

私は石川県内で、中小企業のDX支援をしています。 現場を回る中で、いつも感じることがあります。

「IT人材がいない」のではない。 「IT人材を1社で丸抱えしようとするから、うまくいかない」のだ、と。

月額50万円のIT人材を1社で雇うのは、確かに難しい。 でも、5社で分ければ、月10万円ずつ。

「それなら出せる」という会社は、たくさんあるはずです。

人口減少が進む地域こそ、「所有」から「共有」へ。 一人の才能を、みんなで守り、育てる。

そんな「シェアの発想」が、地方を変えると信じています。

この記事を書いた人

石川県のDX・生成AI活用パートナー 石原 愛信(いしはら あきのぶ)

「AIを使ってみたいが、何から始めればいいか分からない」

そんな経営者様の隣で、実務に即した業務効率化をサポートします。

  • 公的専門家として登録: ISICO(石川県産業創出支援機構)、石川県商工会連合会など

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