
「人を集める」のではなく、「人が集まる場所になる」ということ
皆さん、こんにちは。
最近、ちょっと不思議なことが起きています。
図書館関係の方、富山県の企業さん、福祉関連の事業者さん、社内で一人DXを推進している会社員の方、視覚に障害のある方……。
本当に、様々な環境の方からご連絡をいただくようになりました。
業種も立場もバラバラ。
共通点があるとすれば、「生成AIやDXに関心がある」ということくらいでしょうか。
正直、驚いています。そして、とてもありがたく思っています。
Contents
なぜ連絡が来るのか?:2年間、発信を続けてきた結果
なぜこうした方々が私を見つけてくださったのか。
理由は、おそらくシンプルです。
セミナーや職業訓練での講義内容、そして自分自身が生成AIを使って試行錯誤している様子を、毎日2年以上、発信し続けてきたから。
その結果、インターネット上である程度「見つけてもらいやすい状態」になっているのだと思います。
これが「集客」なのかもしれない
実は、私はこれまで「集客」という言葉をあまり使ってきませんでした。
なんとなく、その言葉に含まれる「お客さんを引っ張ってくる」というニュアンスが、自分の活動とは違う気がしていたからです。
でも最近、思うんです。
こうやって様々な方が自然と連絡をくださる現象。
これこそが、本当の意味での「集客」なのかもしれない、と。
「人を集める」のではなく、「人が集まってくる」。
その違いは大きいように感じます。
今度、集客のプロと言われる方にお会いする機会があれば、ぜひ聞いてみたいですね。
「これって集客ですか?」と。
私の役割は「ハブ(HUB)」なのかもしれない
最近、自分の活動を振り返って、ある言葉が浮かびました。
「ハブ(HUB)」。
車輪の中心にある、あの部品です。
古い馬車や自転車の車輪を思い浮かべてみてください。
中心に頑丈な円盤があって、そこから放射状にスポーク(細い棒)が伸び、外側のリム(輪っか)を支えている。
あの中心部分が「ハブ」です。
ハブの役割とは
ハブは、車輪全体を支える要です。
車軸からの回転する力をタイヤに伝え、地面からの衝撃を車体に受け渡す。
派手さはないけれど、ハブがなければ車輪は成り立ちません。
人間に例えると「長老」のような存在
これを人間に例えるなら、村の「長老」や「族長」のような存在でしょうか。
周囲の人々(スポーク)を束ね、皆の力をまとめ、外からの衝撃をうまく分散させながら、全体を導いていく。
ハブが壊れれば車輪全体が崩れるように、長老がいなければ村の調和は乱れてしまいます。
不思議な縁:屋号は「KANAZAWA-HUB」だった
ここで、ひとつ不思議な話をさせてください。
私は数年前、民泊事業を始める際に個人事業主になりました。(その事業自体は、その後撤退しましたが)
そのとき付けた屋号が、なんと「KANAZAWA-HUB」だったんです。
当時は深く考えていませんでしたが、今振り返ると、無意識のうちに「そういう存在になりたい」と思っていたのかもしれません。
過去の自分からのメッセージのようで、少し鳥肌が立ちました。
これから目指すこと:「本質に触れられる場所」でありたい
私がこれから目指したいのは、単に「人が集まる群れる場所」ではありません。
「あの人の周りに行けば、本質に触れられる」
そう思っていただける存在になること。
表面的なテクニックや、流行りの情報ではなく。
地に足のついた、本当に役立つ知恵や気づきを、一緒に探していける。
そんな「ハブ」のような活動を、これからも続けていきたいと思っています。
2年間、毎日発信を続けてきました。
これからも、泥臭く、実直に。
皆さんと一緒に、回り続けていきます。

